パーキンソン病を疑うべき五つの症状
パーキンソン病を疑うべき五つの症状
工藤千秋 / くどうちあき脳神経外科クリニック院長パーキンソン病という病気の名前を聞いたことがある人は少なくないと思います。神経に異常が生じることで手足にふるえが生じる、歩行や体の姿勢を変えることが難しくなる、などの症状が表れ、日常生活に支障をきたす病気です。時間の経過とともに徐々に進行していく病気のため、初期症状を早期に発見し、適切な治療を行うことで進行を遅らせることが重要です。今回はパーキンソン病の初期症状にいかにして早く気づくか、私個人のこれまでの診療経験も踏まえ、お伝えしたいと思います。
高齢者では100人に1人がパーキンソン病を発症
現在パーキンソン病の患者は1000人当たり1~1.5人と言われ、国内では2014年時点で16万人余りの患者がいると推計されています。おおむね40~50歳以降に発症し、若い人でこの病気になる人はまれです。70歳以上の高齢者での有病率は約1%で、高齢者では決して珍しい病気ではなく、今後の高齢化の進展で患者さんが増えることが懸念されています。
パーキンソン病では脳の中脳の一部である「黒質」が変性を起こすことで、黒質で作られる神経伝達物質のドーパミンが減少します。神経伝達物質は脳からの指令が電気信号として神経細胞を伝わっていく際に、神経細胞と神経細胞の隙間(すきま)で電気信号の内容を伝える物質です。そのうち、ドーパミンは、運動調節、認知機能、ホルモン調節、感情・意欲・学習などにかかわると言われています。ドーパミンの量が減少すると、さまざまな影響が表れますが、運動の調節が難しくなると、結果として最初にお話ししたような特徴的な運動障害が発生します。治療法が確立していない時代は、そのまま寝たきりになってしまうことすらありました。
黒質が変性を起こす原因はまだ不明なため、完全な治癒は望めません。現時点では減少したドーパミンを薬で補うことなどで進行を遅らせることが治療の中心となります。もっとも最近では治療薬の種類も増加し、適切な治療を行えば寝たきりのような状態になることは極めてまれです。
これまでの研究では、ドーパミン量が正常時の20%以下に減少すると症状が表れるとされています。この時期に表れる初期症状にいち早く気づき、治療をより早く始めるほど、それ以降の病状の進展を遅らせることができると言われています。
非典型的な初期症状にも注意を
典型的な初期症状としては、じっとしている時に片側の手足がふるえる(安静時振戦)▽歩き出すときの最初の1歩がうまく踏み出せない▽歩行中の歩幅が小さくなる▽小声になる▽体に柔軟性がなくなる--などが挙げられます。しかし、これはあくまでも教科書的な症状で、実際に診療をしていると、こうした典型的症状がなくとも、精密検査を行うとドーパミンの量が著しく減少していることが分かって、パーキンソン病と診断するに至った症例は少なくありません。
上記のような典型的症状以外で、パーキンソン病を疑うべき症状にはどのようなものがあるのでしょうか。これはあくまでこれまでの私の診療経験上という前提なのですが、
(1)体中がふるえているように感じる
(2)レム睡眠障害
(3)起立性低血圧
(4)便秘
(5)嗅覚の低下
などの症状を訴えた高齢者では、後にパーキンソン病と診断される患者さんが一定割合おられます。
「体中がふるえているように感じる」というのは、「患者さん自身がそのように感じる」ということです。そのように言いながら、自分自身で手を観察しても、医師の目から客観的に観察しても、ふるえがあるとは思えない状態がほとんどです。
「レム睡眠障害」とは、それまで睡眠に問題がなく、大きなストレスもないにもかかわらず、突然悪夢を見るようになる▽睡眠中に大声で暴言のような寝言を言う▽まるでけんかでもしているかのように手足をバタバタさせ、時にはそばで寝ている家族をたたいたり蹴とばしたりする症状です。「起立性低血圧」は立ち上がった時にめまいやふらつきが起こり、時には失神に至るようなことすら起こりえます。
レム睡眠障害と起立性低血圧は従来、パーキンソン病を発症した患者さんが、病気の進行過程で合併しやすい症状と言われていましたが、それとは逆にパーキンソン病の発症に先行する形で出現することもあるのではないかと、私は疑っています。
便秘は高齢者では起きやすい症状ですが、日常生活での繊維質や水分摂取、運動習慣などでは問題が見られないのに、突然便秘になったケースなどは要注意です。
これら五つの症状のどれかが該当する場合はパーキンソン病の疑いを考えて良いと思いますし、二つ以上など複数の症状が該当する場合はなおのことパーキンソン病を疑って、神経内科などの専門医を受診することをお勧めします。
約4割の患者が認知症を合併
また、パーキンソン病では病気の進行とともに認知症を合併することが多いのも特徴です。米国の西ロサンゼルスVAメディカルセンターの研究者が、パーキンソン病と認知症との関係を追究した27の研究をまとめた結果では、パーキンソン病患者さんの約4割が認知症を合併していることも分かっています。認知症を合併すると日常生活に著しく支障をきたすことは明らかですから、この点からもパーキンソン病の初期症状に気づき、早期に治療を行うことは極めて重要といえるでしょう。【聞き手=ジャーナリスト・村上和巳】
工藤千秋
くどうちあき脳神経外科クリニック院長
くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)など。