邦人人質問題で再び集団的自衛権論議 Reuters

 【東京】安倍政権が軍事力行使での自由裁量を拡大するための法整備を用意する中で、イスラム過激組織「イスラム国」による日本人人質問題が世界の安全保障における日本の姿勢をめぐる論議で一定の役割を果たすのは確実なようだ。

 安倍政権は26日に始まった通常国会で、日本が自国の安全を脅かす地域紛争で米国などの同盟国を支援する「集団的自衛」に参加したり、海外の日本人を救出したりできるようにする法案を提出する計画だ。

 上智大学の中野晃一政治学教授は、イスラム国が1人の首を切った日本人人質事件によって、国際舞台でのより強力な政治的当事者として日本の姿を変えるという安倍晋三首相の決意が強まる可能性がある、と述べた。中野氏は、安倍氏は日本の軍事的役割を拡大させる動きへの支持を高めるのにこの事件を利用するかもしれない、としている。

 安倍首相は25日のテレビ番組で、軍事的選択肢を増やすための法律の必要性を説明した中で、この人質事件を指摘し、既存の法律では日本政府の取れる選択肢が限られていると語った。

 首相はNHKの日曜討論で、「法制化は、円滑な安全保障構造を構築することで国民の生命と幸福を保護することが目的だ」とし、「例えば、日本人が最近のケースのように危険な状況に置かれた場合、現在は自衛隊はその能力をフルに発揮することができない」と語った。

 野党議員の多くは人質事件に際して安倍首相を支持している―あるいは少なくとも公に首相を批判することを避けている。しかし、25日の時点までに一部の人たちは、首相が最近中東を訪れ、イスラム国の影響を受けている国々に2億ドル(240億円)の非軍事支援を約束したことがイスラム国を挑発したと指摘し始め、世界安保の面で日本がより活発な役割を果たせば、必然的にリスクが高まると主張している。

 主要野党・民主党の元代表で今は小さな政党の党首を務める小沢一郎氏は「首相はこれが人道支援で、弾薬、武器、あるいは軍隊を送っているわけではないと言うが、戦争は単に銃を撃つことだけではない。兵士は食料がなければ戦えない」と述べるとともに、「安倍氏はやるところまでやってしまい、その演説はイスラム国に宣戦布告と受け止められかねない」と語った。

 24日夜に投稿されたビデオは、イスラム国に捕らえられた2人の日本人のうちの1人が首を切られて殺されたことを示した。この中でもう1人の人質、フリージャーナリストの後藤健二さんは、首を切り落とされた自称軍事関連会社経営の湯川遥菜さんの写真を持っていた。後藤さんとされる声は、イスラム国は今では2億ドルの身代金ではなくヨルダンに捕まっている死刑囚の釈放を要求している、との声明を読み上げた

 イスラム国はこれに先立ち20日に投稿したビデオで、日本が支援したのと同じ金額の2億ドルを身代金として要求。同時に、日本の支援金は「イスラム教徒殺害」を支援するためのものだとしていた。安倍首相は、日本の支援は人道支援で、イスラム国が主張するようなものではないと繰り返し強調した。

 安倍氏は2012年末に政権の座に返り咲いて以来、国際安保面での日本の役割を拡大することを目指してきた。安倍政権は昨年、日本の平和憲法の解釈を修正することを認め、日本領土外での軍事行動の制約を緩めた。安倍氏の目指すところを具体化するためには国会の承認を経なければならない。

 日本の政治史上長年にわたって議論されてきた憲法の解釈変更は、主として東アジアでの中国の台頭に対処し、地域安保でより平等な役割を果たす意欲のあることを米国に示すのを狙っている。この後者の要素は、中東政策で日本が西側とより連携を深くし、テロと闘うことを求めている。日本の多くの人が人質事件などトラブルをもたらす恐れがあると懸念しているのはこの地政学的な役割だ。

 安倍首相は、日本が原油輸入のほとんどを依存している中東には日本の真の国益があると強調する。特にシリアとイラクでのイスラム国の勢力拡大で影響を受けている国を対象にした2億ドルの援助は、25億ドルの中東全体の人道・インフラ支援の一部だ。

 しかし、日本国民の間に不安の兆しが見られる中で、共同通信が25日に行った世論調査では、政府は集団的自衛権関連の法案提出にもっと時間をかけるべきだとしている。計画を進めるべきだとの回答は21%にとどまった。

 この調査では、人質事件での政府の対応を支持したのは60.6%、支持しないと答えたのは31.2%だった。安倍政権の支持率は52.8%で、衆院選で自民・公明が大勝した昨年12月時点の率とほとんど変わらなかった。