茅ちゃん日記

世の中のこと、思うことをつづります

疑惑事件 愛媛文書ぞくぞく現る

「安倍首相が『獣医大学はいいね』」

愛媛県新文書に記録

2018年5月21日18時28分

写真・図版

 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設をめぐり、2015年2月に学園の加計孝太郎理事長が安倍晋三首相と面会した、と学園側から報告を受けたとする内容を、愛媛県職員が文書に記録していたことがわかった。加計氏が学部新設を目指すことを説明し、首相が「新しい獣医大学の考えはいいね」と応じたとの報告内容も記されている。愛媛県は21日、この文書を含む関連の文書計27枚を参院予算委員会に提出した。

 これまで安倍首相は、加計氏について「私の地位を利用して何かをなし遂げようとしたことは一度もなく、獣医学部の新設について相談や依頼があったことは一切ない」と答弁している。また、学園の学部新設計画を知ったのは、国家戦略特区諮問会議で学園が学部設置の事業者に決まった17年1月20日、とも説明していた。15年2月の段階で加計氏が話をしたとする文書の内容と、安倍首相の説明は矛盾しており、あらためて説明を求められそうだ。

 首相の発言が記録されている愛媛県の文書は「報告 獣医師養成系大学の設置に係る加計学園関係者との打合せ会等について」との題名で、「27.3.」と書かれている。15年3月に作成されたとみられる。

 文書では、学園側の報告として「2/25に理事長が首相と面談(15分程度)」し、加計氏が首相に「今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の獣医学教育を目指すことなどを説明」と記載。「首相からは『そういう新しい獣医大学の考えはいいね』とのコメントあり」と記されていた。

 別の文書には、今治市からの報告として、加計氏が安倍首相と会う前の15年2月に、学園側が加藤勝信・元内閣官房副長官(現・厚生労働相)と面会した、との記述もあった。獣医師養成系大学の設置は「厳しい状況にある」とし、学園の動向として、国家戦略特区獣医学部新設を目指す新潟市への危機感から「理事長が安倍総理と面談する動きもある」と書かれていた。

 当時の柳瀬唯夫首相秘書官(現・経済産業審議官)に関して記述された文書もあった。今治市からの報告として、同年3月24日に柳瀬氏と学園側が面会した際、柳瀬氏が「獣医師会の反対が強い」と述べ、「この反対を乗り越えるため」として、「内閣府の藤原地方創生推進室次長に相談されたい」と述べた、と記載されていた。

 文書は参院予算委の要請に応じて県が再調査した結果、見つかったといい、今治市加計学園の職員らと首相官邸などを訪れた15年4月2日の面会内容や、この面会に至るまでの経緯が主に記されている。愛媛県は公表していないが、朝日新聞は国会関係者から入手した。

     ◇

 加計学園は「理事長が2015年2月に総理とお会いしたことはございません。既に多くの新入生が大学で勉学をスタートしており、新学期の学務運営、また在学生の対応でとても取材等受けられる状態ではありません」などとするコメントを出した。

 

獣医学部いいねと言ったのですか」

問われた首相、無言

2018年5月21日20時48分

 学校法人「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、2015年2月に学園の加計孝太郎理事長が安倍晋三首相と面会して学部新設の目標について説明し、首相が「新しい獣医大学の考えはいいね」と返したと記録された愛媛県の文書について、首相は21日夜、記者団の問いかけに無言だった。

 首相は、記者から「15年2月に加計さんから聞いていたのですか」「『獣医学部、いいね』と言ったのですか」と問われたが、答えることなく首相官邸を後にした。

加計側

藤原氏紹介、柳瀬氏に礼述べたい」

愛媛県新文書

2018年5月21日20時54分

 

  学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、愛媛県が21日に国会に提出した、政府側との面会に関する新たな内部文書。県関係者が2015年4月2日に首相官邸で、柳瀬唯夫首相秘書官(当時)らと面会した際の詳しいやり取りが記録されている。

     ◇

復命書

 

命により、平成27年4月2日限り

内閣府地方推進室次長及び総理秘書官との面談のため、東京都に出張したので、復命します。

 

平成27年4月3日

 

愛媛県知事 中村時広

 

出張者職氏名 課長

       主幹

 

       記

 

1 日時及び場所

平成27年4月2日(木)11時30分~12時30分 内閣府

           15時~15時40分   総理官邸

 

2 用務

今治新都市への獣医師系養成大学の設置に係る内閣府地方推進室及び総理秘書官との協議

 

3 内容

別紙のとおり。

 

別紙

【訪問者】

愛媛県      地域政策課長○

             主幹○

愛媛県東京事務所  行政課主任○

今治市        企画課長○

           課長補佐 

加計学園        相談役○

           事務局長○

             次長 

             参事 

 

注 総理官邸への訪問者は、部屋の大きさの関係で6名に制限されたため、○のある者が訪問

 

【相手方】

内閣府地方創生推進室次長国家戦略特別区域等担当 藤原豊(経済産業省

近畿圏地方連絡室 杉浦あおい

内閣総理大臣秘書官 柳瀬唯夫経済産業省

内閣参事官 角田喜彦(文部科学省

内閣参事官 青山豊久(農林水産省

 

《県 市と加計学園との事前打合せにおける事務局長の主な発言》

・柳瀬秘書官に対しては、内閣府藤原次長を紹介いただいたことに対してお礼を述べたい。

・先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっているとの発言があったことに対し、理事長から柳瀬秘書官にちゃんと説明しておくように言われている。同秘書官からも、本日、その点を質問される可能性があり、県・今治市から、100%の回答にはなっていないが、ちゃんと昨年12月26日にペーパーにより文部科学省に直接説明している旨を回答してほしい。

 

《藤原地方創生推進室次長の主な発言(内閣府)11:30》

加計学園からは3月24日に1度話は聞いているとして、県・今治市から、獣医学部へ取り組む目的や姿勢、今治市が既に大学用地を準備していること、日本獣医師会や既存の獣医大学の反対がネックになっていることなどを説明。

・要請の内容は総理官邸から聞いており、県・市がこれまで構造改革特区申請をされ、実現に至っていないことも承知。

・政府としてきちんと対応していかなければならないと考えており、県・市・学園と国が知恵を出し合って進めていきたい。

・そのため、これまでの構造改革特区のように事務的に対応されて終わりということではなく、国家戦略特区の手法を使って突破口を開きたい。

国家戦略特区は、地方自治体に限らず、事業者や個人からでも全国レベルの制度改革の提案を受け付けるが、制度改革の実現のためには地方自治体の強力なバックアップが必要。言い換えると、知事や市長など自治体にどれくらいの熱意があるかというところが重要になってくる。

国家戦略特区は、自治体等から提案を受けて、国の判断により地域を指定するものであるが、風穴を開けた自治体(提案をした自治体)が有利。仮に国家戦略特区申請を行ってその指定を受けられない場合でも、出口は、構造改革特区の指定や別の規制緩和により、要望を実現可能。

・(現在26次特区申請を行っているところであり、その最終結果が公表されていないが、その点はどうなるのかとの質問に対して)最終結果の公表は保留している。

・今年度から構造改革特区国家戦略特区を一体的に取り扱うこととし、年2回の募集を予定しており、遅くとも5月の連休明けには1回目の募集を開始。

・ついては、ポイントを絞ってインパクトのある形で、2、3枚程度の提案書案を作成いただき、早い段階で相談されたい。

・総理は第一次産業にも熱心であり、提案内容は、獣医大学だけでいくか、水産、養殖といった他産業などの関連分野も含めるかは、県・市の判断によるが、幅広い方が熱意を感じる。

・事前相談も対応する。むしろ熱心な自治体ほど持ってきているといった感じがある。

・獣医師会等とは真っ向勝負にならないよう、摩擦を少なくして、既存の獣医学部と異なる特徴、例えば、公衆衛生の観点や公務員獣医師や産業獣医師の養成などのカリキュラムの工夫や、養殖魚病対応、アジアの拠点・四国の拠点にする、鳥インフル対策、人獣共通感染症対策、地域の人材育成などに加え、ペット獣医師を増やさないような卒業生の進路の見通しなどもしっかり書きこんでほしい。

・かなりチャンスがあると思っていただいてよい。

・(本件は地方創生特区にならないのかとの質問に対して)地方創生特区は、現在3件指定しているが、地域に限定したものであり、その数をどんどん増やしていくものではないと考えている。本件は、四国という地域に限定したもので、地方創生になじむ面もあるものの、地方創生特区としては考えていない。

獣医学部の設置について、愛媛県だけでなく、四国4県で応援している形がほしい。

(四国知事会では、四国に獣医学部が必要であるとして要望しているが、今治市に設置ということになると、他の3県も同意していないとの回答に対して)

四国他県の対応として、それは理解できるし、そこまでは、求めない。

・(新潟市国家戦略特区獣医学部の現状はどうかとの質問に対して)愛媛県今治市としても気になることだと理解できるし、ここだけの話であるが、新潟市国家戦略特区獣医学部の現状は、当初よりもトーンが少し下がってきており、大学用地を用意している今治市と比べても、具体性に欠けていると感じている。

 

《柳瀬首相秘書官の主な発言(総理官邸)15:00》

・本日は、地方創生関連の一部改正法の議員説明が予定されており、多忙を極める内閣府藤原次長に面会できたのは良かった。

・本件は、首相案件となっており、何とか実現したいと考えているので、今回、内閣府にも話を聞きに行ってもらった。今後は、こういった非公式の場ではなく、藤原次長の公式のヒアリングを受けるという形で進めていただきたい。魅力的なものを持って行って相談してほしい。

国家戦略特区でいくか、構造改革特区でいくかはテクニカルな問題であり、要望が実現するのであればどちらでもいいと思う。通しやすい方でいい。現在、国家戦略特区の方が政治的に勢いがある。地方創生特区がピッタリではあるが、そう数は増やせない。四国は国家戦略特区の指定がないという点もいい。香川が打診中だったと思うが、申請する意味はある。

・いずれにしても、自治体がやらされモードではなく、死ぬほど実現したいという意識を持つことが最低条件。

・県も市も首長がやる気になっているのかとの質問に対し〈積極的に取り組む姿勢であると回答〉

・四国に獣医大学がないのは有利。まずは企画書を提出いただきたい。その後に四国の獣医師会などの応援団、こういうものを作ってほしいという後押しをしてくれるところを味方に付けること。鳥インフル対策や水産物の輸出の関係で人がほしいとか、県だけでなく、四国全体の要望として出てくるのであればベスト。日本獣医師会が反対している中で、愛媛県獣医師会が賛成しているのは評価できる。

・四国全体の要望としてはどうかとの問いに対して〈四国各県も公衆衛生に携わる者、公務員獣医は不足しているという共通認識がある。四国知事会でも、「今治地域で」との文言はないが、要望として上げている旨回答〉。

・四国の獣医大学の空白地帯が解消されることは、鳥インフル対策や公衆衛生獣医師確保の視点から、農水省厚労省も歓迎する方向。

文科省についても、いい大学を作るのであれば反対しないはず。

・獣医師会には、直接対決を避けるよう、あまり心配しなくていいんですよといったような、既存の獣医大学との差別化を図った特徴を出すことや卒後の見通しなどを明らかにすること。自治体等が熱意を見せて仕方がないと思わせるようにするのがいい。

・要望が出てくれば、政府の中は、内閣府が説明していくことになる。藤原次長は、多少強引な所もあり、軋轢(あつれき)が生じている点もあるが、突破力はある。

・〈加計学園から、先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっているとの発言があったとのことであり、その対応策について意見を求めたところ〉今後、策定する国家戦略特区の提案書と併せて課題への取組状況を整理して、文科省に説明するのがよい。

〈挨拶(あいさつ)回り〉

文部科学省専門教育課を訪問したが、 北山課長、牧野課長補佐の両名が不在。

文化庁記念物課 高橋課長を訪問し、四国遍路の世界遺産化、日本遺産認定を要望。

柳瀬氏「獣医学部新設の話は総理案件」 愛媛県新文書

2018年5月21日21時27分

 

 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、愛媛県が21日に国会に提出した、政府側との面会に関する新たな内部文書。県関係者が2015年4月2日に柳瀬唯夫首相秘書官(当時)や内閣府の藤原豊・地方創生推進室次長(当時)と面会した際のやり取りが記録されている。

     ◇

内閣府藤原次長と柳瀬総理秘書官との面談について

4月2日(木)の面談結果について下記のとおり概要メモを報告します。

内閣府 藤原次長】

 愛媛県今治市からこれまでの取組を簡単に説明した後、今後の特区提案について下記のような話があった。

構造改革特区として提出されているが、突破口を開くという意味では国家戦略特区で申請することも考えられる。

・今年度から構造改革特区国家戦略特区を一体的に取り扱うことになった。国家戦略特区では広く全国レベルの制度改革提案というものであり、一般的な話にはなるものの、やはり風穴をあけた自治体を特区として指定するというのは十分に考えられる。

・今後4月末から5月の連休明けには提案を募集するので、それにぜひ応募を。

・総理は一次産業にも熱心である。申請の軸として獣医学部のみならず水産、養殖といった他産業についても盛り込むことも考えられるが、そのあたりは自治体に任せる。

・事前相談も対応する。むしろ熱心な自治体ほどもってきているといった感じがある。言い換えると自治体にどれくらいの熱意があるか、というところが重要になってくる。

公衆衛生の観点、公務員獣医の確保といったこれまでの獣医学部ではなかったようなものを提示することも重要である。加計学園の名前は公式なペーパーには出ていないそうだが、実際の事業者と具体的な話ができている、といった点でかなりプラスであると思う。

・申請するにあたっては、2、3枚の分量で具体的かつインパクトがあるものを。資料を作成されたら、早めに相談してもらいたい。

(現在26次特区申請を行っているところだが(今治市))

・特区申請を一体化するという理由から現在審議を止めているところ。

新潟市から国家戦略特区で追加申請があったかと思うが(愛媛県))

・一時期は打診があったが、現在はそうでもない。具体性があるかどうかでいえば、今治市のほうが上だと思われる。

【官邸 柳瀬秘書官】

獣医学部新設の話は総理案件になっている。なんとか実現を、と考えているので、今回内閣府にも話を聞きに行ってもらった。

・こういった非公開の場でなく、ちゃんとした公開でのヒアリングを行い、「民」の評価を得る必要がある。そのためには魅力的な提案であること(を)示す必要がある。

・獣医師会の反対がある、という点については、これから新設する獣医学部は既存の学部と競合しない分野であることを主張するほうが良い。進路が競合するのではないか、という心配を払しょくするものができれば。

・役所としても厚生省農水省獣医学部の空白地帯である四国に学部ができることは、鳥インフル対策等の観点からも望ましいと思っているはず。文科省もいい大学ができるのであれば反対はしないだろう。

・ただし、正面をきるのは得策ではない。こういう特徴があり、これまでとはこういった点を差別化している、という情報をクリアにする必要がある。

・まずは企画書を。その後に応援団、こういうものを地域は望んでいた、という後押しをしてくれるところを味方につけること。四国全体の要望として出すのであればベスト。

・特区担当(内閣府)は調整をするところである。官邸にも内閣参事官として農水省文科省から出向している者がいるので必要に応じて相談してはどうか。構造改革特区でやるか国家戦略特区でやるかはテクニカルな問題である。

・公開ヒアリングの日程を決めること、そしていい中身をつくることがマスト。(さきほど内閣府で藤原次長とも話をしたが、まずは国策として国家戦略特区で申請する、という話がでた(愛媛県))

国家戦略特区のほうが、政治的に勢いがある。地方創生特区はあまり数が増やせないということもある。四国はまだないから、香川が打診中だったと思うが、申請する意味はあるだろう。

・確認だが、愛媛県今治市の両首長がやる気である、ということで間違いないか。

→間違いない。県からは重要要望として毎年提出させていただいているし、今治市は土地の準備まで行っている。

・四国全体の要望としてはどうか。

→四国各県も公衆衛生に携わる者、公務員獣医は不足しているという共通認識がある。四国知事会でも、今治地域で、との文言はないが、要望としてあげている。

・そのスタンスであれば獣医師会の反対は要件ではないように思うが。

(懸案として、安倍総理文科省からの宿題を返せていないという話があり、そのことを心配されていたと聞いたが(加計学園))

・その話は下村大臣のところにもっていったのか?

(百点満点の答えがでているわけではないが、その点については県・市からも説明してもらいたい(加計学園))

(昨年12月に専門教育課にはご説明に伺っている。獣医師会について一度説明はしているものの、それから面会すらできないといった状況であり、こちらとしてもなんとかしたいと思っているところである。(愛媛県))

(中央(獣医師会)からの引き留めが強いが、「うちに作るなら」という話があるのも事実(加計学園))

・それならば企画書をつくって特区担当者に説明するがてら下村大臣の耳にも入るようにすればよい。文科省でいうと高等教育局の吉田局長にしかるべきときに提案を。

文科省からの宿題(獣医師会の賛同を得ること)については個別に対応するのではなく、企画書として全体を見られる形でつくるべき。

文科省の中では求めたものに対応していない、という認識があり、県や市が行っているという認識とにずれがあるように思う。(角田参事官)

・状況は常に本省にも説明している。企画書ができれば農水省にも説明を。(青山参事官)

(特区関連は直接藤原次長に行ったのでいいか)

・構わない。とにかくいいものを作ること。

「首相と加計理事長が会食、大学設置の話」愛媛県新文書

2018年5月21日21時28分

 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡り、愛媛県が21日に国会に提出した、政府側との面会に関する新たな内部文書。学園の加計孝太郎理事長が2015年2月に安倍晋三首相と面会し、獣医学部設置の予定を説明したところ、安倍首相から「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とのコメントがあったという記述がある。

     ◇

報告

獣医師養成系大学の設置に係る加計学園関係者との打合せ会等について

                    27.3.

                    地域政策課

1 加計学園から、理事長と安倍首相との面談結果等について報告したいとの申出があり、3月3日、同学園関係者と県との間で打合せ会を行った。

2 加計学園からの報告等は、次のとおり。

 ①2/25に理事長が首相と面談(15分程度)。理事長から、獣医師養成系大学空白地帯の四国の今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の獣医学教育を目指すことなどを説明。首相からは「そういう新しい獣医大学の考えはいいね。」とのコメントあり。

 また、柳瀬首相秘書官から、改めて資料を提出するよう指示があったので、早急に資料を調整し、提出する予定。

 ②下村文科大臣が一歩引いたスタンスになっており、県においても、官邸への働きかけを非公式で実施いただけないかとの要望があったが、政治的な動きは難しい旨回答。

 ③検討中の大学附置施設(高度総合検査センター等)の設置には多額の費用が必要であるが、施設設置に伴う国からの補助がない中、一私学では困難であるので、国の支援が可能となる方策の検討を含め、県・市の財政支援をお願いしたい。

 なお、3月4日には、同学園と今治市長が面会し、ほぼ同内容の説明があった。

3 おって、3/3に開催された国家戦略特区諮問会議では、特区法改正案に盛り込む追加規制緩和案が決定されたが、新潟市国家戦略特区獣医学部設置に係る規制緩和)は、含まれていない。今後、26年度末までに出される構造改革特区提案(愛媛県今治市)に対する回答と合わせて、国家戦略特区の結論も出される模様。

4 ついては、加計学園の具体的な大学構想が示されたことから、特区提案の動向を踏まえ、今後の対応方針について、今治市としっかりと協議を進めていきたい。

     ◇

報告

獣医師養成系大学の設置に係る今治市加計学園との協議結果について

27.3.

地域政策課

1 今治市加計学園関係者との獣医師養成系大学の設置に係る協議(3/15、同市役所で実施)結果概要について、次のとおり報告があった。

 (1)柳瀬首相秘書官加計学園の協議日程について(2/25の学園理事長と総理との面会を受け、同秘書官から資料提出の指示あり)

 (学園)3/24(火)で最終調整中である。

 (2)柳瀬首相秘書官への提出資料について

 (学園)今後、資料の最終調整を行う。資料が出来次第、連絡する。

 資料としては、①学園作成の概要版資料(アベノミクス支援プログラムの企画提案)、②県・市の資料、③参考資料として「海外の動き」、「特区提案の経緯」及び「全国の獣医大学分布図」などを添付予定。

 (市)県・市作成資料(25年12月副知事と市長の文科省訪問時の資料)と学園作成の大学構想資料とを区分して提出願いたい。

 26.12.17 東京圏国家戦略特別区域会議「成田市分科会」(医学部の新設を検討)における成田市及び国際医療福祉大学の資料を例に構成すること。(別紙p.3)

 学園作成の概要版資料の表紙(別紙p.4)は、写真及び県と市のマークやキャッチフレーズは削除し、学園名を明記。

 (3)大学構想について

 (学園)日本獣医師会の反対意見から考えて、今回提案したレベルのものでなければ難しいと思う。

 (市)今回の構想の実現に関しては非常に巨額の資金が必要とのことであるが、今治市としては、50億円の支援と用地の無償提供が限界である。その中で資金計画を練ってほしい。

 また、県からも協力をいただけると思っているが、県としても厳しいとの話は受けている。《加計学園からの反応なし》

 (学園)構想実現のために、愛媛大学との共同大学院の開設や愛媛県の研究機関との連携を検討しているので、協力願いたい。

 (4)文部科学省の動向について

 (学園)文科省から獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議委員に対する意見照会を実施している模様。

 2/25に学園理事長と総理との面会時の学園提供資料のうち、「新しい教育戦略」(別紙p.5-6)に記載の目指すべき大学の姿に関する部分を抜粋したアンケート形式の資料を示して、短期間での回答を求めている。アンケート結果は、柳瀬首相秘書官との面会時に、学園に対し、情報提供されるものと推測。

 なお、委員からの評判は概(おおむ)ね良いとの情報を得ている。

2 ついては、引き続き、今治市と連携しながら、柳瀬首相秘書官に提出する資料確認や面会結果及び文科省の動向等について、情報収集に努めて参りたい。

(参考) 加計学園の直近の動向・今後の予定

2/25 理事長と安倍総理が面談

3/3 県との打合せ会

3/4 今治市長と面談

3/8 山本順三参議院議員を励ます会に出席した下村文科大臣と面談

3/15 今治市と協議

 (市:企画財政部長、企画課長)

 (学園:事務局長、次長、参事)

3/24又は3/26(調整中) 柳瀬首相秘書官に資料提出

     ◇

報告

獣医師養成系大学の設置に係る内閣府及び首相秘書官訪問について

27.3.

地域政策課

1 3/24(火)、首相官邸において、柳瀬首相秘書官らと加計学園関係者との間で、獣医師養成系大学の設置について協議した結果について、次のとおり今治市から報告があった。

 《柳瀬首相秘書官の主なコメント》

 ・獣医師会の反対が強い。

 ・この反対を乗り越えるためには、地方創生特区の活用が考えられるので、県や今治市と一緒に内閣府の藤原地方創生推進室次長に相談されたい。

2 また、加計学園から内閣府の藤原次長との相談日程が4月2日11時30分に調整できたとの連絡があったと今治市から報告があった。

 さらに、安倍総理加計学園理事長が先日会食した際に、獣医師養成系大学の設置について地元の動きが鈍いとの話が出たとのことであり、同学園としては柳瀬首相秘書官に4月2日午後3時から説明したいので、県と今治市にも同行願いたいとの要請があったと今治市から連絡があった。

3 ついては、柳瀬首相秘書官に対し、県・今治市の獣医師系養成大学の設置に向けた取組状況を丁寧に説明するとともに、内閣府藤原次長から地方創生特区等について、情報収集をいたしたい。

(参考)加計学園の直近の動向・今後の予定

 2/25 理事長と安倍総理が面談

 3/3 県との打合せ会

 3/4 今治市長と面談

 3/8 山本順三参議院議員を励ます会に出席した下村文科大臣と面談

 3/15 今治市と協議

 3/24 柳瀬首相秘書官との面談

加藤氏と加計側の面会後、今治市「厳しい」愛媛県新文書

2018年5月21日21時29分


  •  
 
 
 
 
 
  • 報告

    獣医師養成系大学の設置に係る加計学園関係者との意見交換会等について

                         27.2.

                        地域政策課

    1 2月12日(木)、加計学園関係者と県・今治市との間で意見交換会を行った。

    2 加計学園からは、

      ①イスラム国問題等で多忙を極める安倍首相と同学園理事長との面会が実現しない中で、官邸への働きかけを進めるため、2月中旬に加藤内閣官房副長官(衆・岡山5区、当選4回)との面会を予定していること

      ②文科省の事務レベルでは獣医学部新設の方向性は出されているが、下村文部科学大臣が、自由民主党獣医師問題議員連盟会長(日本獣医師会と協力関係)である麻生副総理との関係から、一歩引いたスタンスに変化していること

    等の説明があった。

     また、副学長からは、アベノミクス成長戦略に対応した獣医学部の提案や具体的な獣医学部構想等についての説明もあった。

    3 なお、新潟市国家戦略特区獣医学部設置構想を巡る審議の中で、委員から、獣医学部の定員制限は既得権の保護ではないのかとの厳しい意見が出されるとともに、愛媛県今治市構造改革特区申請についても言及があった。

    4 今後とも、加計学園からの情報を参考にしながら、引き続き今治市と連携して対応してまいりたい。

         ◇

    報告

    獣医師養成系大学の設置に係る現在の情勢について

                        27.2.

                        地域政策課

    1 今治市から、加計学園と加藤内閣官房副長官との面会の状況は次のとおりであり、今治市への設置は厳しい状況にあるとの連絡があった。

    《加藤内閣官房副長官のコメント》

      ① 獣医師養成系大学・学部の新設については、日本獣医師会の強力な反対運動がある。

      ② 加えて、既存大学からの反発も大きく、文科大臣の対応にも影響か。

      ③ 県・今治市構造改革特区への取り組みは評価。ただし、関係団体からの反発が極めて大きい。

      ④ 新潟市国家戦略特区については、詳細を承知していない。

    2 そのような中、国では、国家戦略特区申請の積み残し分について、地方創生特区の名のもとに追加承認を行う模様であり、加計学園では、新潟市国家戦略特区の中で提案されている獣医学部の設置が政治主導により決まるかもしれないとの危機感を抱いており、同学園理事長が安倍総理と面談する動きもある。

    3 今後とも、加計学園からの情報提供を踏まえながら、今治市と連携して対応してまいりたい。

    【参考】新潟市国家戦略特区について

    新潟市は、大規模農業改革拠点を目指して、平成26年12月19日に国家戦略特区新潟市 革新的農業実践特区」の認定を受け、農地法等の特例措置により、ローソンによる農業生産法人の設立や農地での農家レストラン設置などに加え、獣医師養成系大学の設置や、一体的な保税地域の設置等の追加の規制改革を求め、現在、関係省庁等と協議が継続中。

    ○本県からは国家戦略特区での提案は行っていない。

道徳教科書検定にヘイト本、児童レイプマンガ出版社の「晋遊舎」の教科書が合格! /Literaより

lite-ra.com

道徳教科書検定ヘイト本、児童レイプマンガ出版社の「晋遊舎」の教科書が合格! 

 ”アベ友”八木秀次が仕掛け人

 

2019年度から中学校で使用される道徳教科書の検定結果が公表され、申請していた8社すべてが合格した。驚いたのは、そのなかに、あの晋遊舎の関連会社の名前があったことだ。 NHKの報道によると、合格した8社のうち5社で「自己評価を段階別で評価するページ」が設けられており、なかでも「日本教科書社」という会社の教科書には〈教科書の巻末に「心の成長を振り返りましょう」と題して、「国を愛し、伝統や文化を受け継ぎ、国を発展させようとする心」や「家族を大切にし、家族の一員として貢献しようとする心」など内容項目ごとに4段階で自己評価〉させているという。

 愛国心の自己評価強制など、ほとんど北朝鮮並みの発想だが、実はこの道徳教科書を出版している「日本教科書社」は、あの晋遊舎と経営者も住所も同じ、明らかな関連会社なのだ。

 晋遊舎といえば『マンガ 嫌韓流』(山野車輪)シリーズや、ヘイト市民団体在特会桜井誠元会長の著書を世に送り出してきた出版社。さらに過去には、出会い系サイトのマニュアル本、さらには、学校教員が児童をレイプする描写があるような成人向けマンガを出版している。

 そして何より、実はこの日本教科書社、ある時期まで、安倍首相のブレーンのひとりと言われる八木秀次麗澤大学教授が代表取締役を務めていた会社なのだ。

 本サイトはこの事実について、今年2月21日に記事にしていた。以下に内容をアップデートしたものを掲載するので、是非、一読してみてもらいたい。
(編集部)

 

文科省検定に合格した新出版社・日本教科書社とはいかなる会社か

 

 とうとう今春から小学校で開始される「特別の教科 道徳」。安倍首相肝いりの道徳教科化については、本サイトで何度もその国粋主義的傾向の危険性を指摘してきた。

 他方、中学校では19年度から道徳の教科化が始まるが、その中学校の道徳教科書を巡り、信じられない問題が浮上した。ヘイト本や児童レイプのマンガを出版していた出版社の関連会社が、この道徳教科書発行の申請をしているのではないかというのだ。

 それは「日本教科書株式会社」なる会社だ。会社の登記によれば、日本教科書社の設立は2016年4月28日。今年に入って立ち上げられたとみられる同社のホームページには〈道徳専門の教科書会社〉との文言が躍る。「編集方針」には〈よい教材〉〈よい授業〉〈よりよい生き方〉とソレっぽい言葉が並び、「会社概要」には〈文部科学省検定教科書の発行及び供給〉とある。だが、少し前から、この新規教科書会社が、あの『嫌韓流』シリーズを手がける出版社・晋遊舎と住所が同じだ、という話がネットを中心に広がりはじめたのだ。

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晋遊舎の郵便受けに「日本教科書(株)」の記載

 実際、調べてみると、これは事実だった。東京・神保町駅からほど近い晋遊舎のビルへ足を運んでみると、入り口にある「(株)晋遊舎」と記された同じ郵便受けには、たしかに「日本教科書(株)」というシールが貼られていた(右写真)。

 いや、住所だけではない。登記簿によると、現在、日本教科書社の代表取締役をつとめているのは武田義輝なる人物だが、この武田氏は晋遊舎代表取締役会長だ。ほかにも、晋遊舎の元取締役(編集局長)と現専務取締役が日本教科書社の役員や監査役に名前を連ねていた。

 つまり、道徳教科書を送り出そうとしている新規の会社が、晋遊舎と事実上一体化していたのだ。言っておくが、あの晋遊舎である。こんなことってありなのか。

 

日本教科書社の関連会社・晋遊舎在特会の桜井会長のヘイト本も出版

 

 念のため振り返っておくと、もともと晋遊舎はパソコン関係の書籍をメインにする中小出版社だった。それが2005年、韓国・朝鮮人に対する差別を扇動した悪質ヘイト本『マンガ 嫌韓流』(山野車輪)を出すや大ヒットを記録。以降、味をしめて以下のような本を次々と送り出してきた。

『マンガ 嫌韓流2』『マンガ 嫌韓流3』『マンガ 嫌韓流4』『マンガ 大嫌韓流』(いずれも山野車輪
『マンガ 嫌中国流』(山野車輪
『マンガ 日狂組の教室』(大和撫吉
朝日新聞のトンデモ読者投稿』(朝南政昭)
『TBS「報道テロ」全記録』(晋遊舎ムック)
『マンガでわかる中国100の悪行』(東亜細亜問題研究会)
『この県がすごい!47都道府県サヨク汚染ランキング』(晋遊舎ムック)

 さらに晋遊舎は、ヘイト市民団体・在特会桜井誠元会長の本を実に4冊も出版している。

嫌韓流 実践ハンドブック 反日妄言撃退マニュアル』
嫌韓流 実践ハンドブック2  反日妄言半島炎上編』
反日韓国人撃退マニュアル』
『日本侵蝕─日本人の「敵」が企む亡国のシナリオ─』

 ようするに、晋遊舎は『嫌韓流』によって、日本の出版界に嫌韓反中ブームを巻き起こしただけでなく、「韓国人を殺せ!」「根絶やしにしろ!」などと殺人予告したヘイトクライムデモの中心人物によるジェノサイド扇動ヘイト本を出版しているのだ。

 そんなヘイト出版社の関連会社が、子どもたちが使う道徳の教科書に参入する。これがいかに危険で恐ろしいことか、わざわざ説明するまでもないだろう。

 いや、問題はそれだけではない。前述の通り、晋遊舎ヘイト本以外にも、明らかに「道徳」とかけはなれた問題のある本をいろいろ出版している。

 たとえば、そのひとつが、違法性のあるソフトコピー等のマニュアル本だ。たとえば、『DVDコピー ファイル共有 エミュレータがまるごとわかる本!』『ダウンロードサイトと凄テクがわかる! 動画&音楽&ゲームのダウンロード完全ガイド』『エミュレータであらゆるゲームを無料プレーする! エミュレータ起動&ゲーム無料プレー完全ガイド』などなど……上げていけばキリがない。子どもたちのなかでゲームソフトを違法コピーするいわゆる「マジコン」が社会問題になったのは周知の通り。そうした違法ないしはグレーな行いを紹介してきた出版社が、子どもたちに「道徳」を語るというのは、何かのギャグとしか思えない。

 

これで道徳を語るのか? 晋遊舎は子どもを集団凌辱する鬼畜マンガも出版

 

 まだある。晋遊舎は2000年代までアダルト雑誌や成人向けマンガ(いわゆるエロ本)を展開。『誰でも出来(ヤレ)る! 特選!! ナンパ系サイト 2009』など、名称からして下品極まりないムックを出してる。

 実際、同ムックに目を通してみると、「セフレ・エッチ系」「愛人・不倫系」「人妻系」等にジャンル分けされた出会い系サイトを「初心者向」「出会い度」「ヤレる度」などの評価とともに利用方法などを詳しく紹介。さらには「フェチ・マニア系」として〈完全無料 24時間調教性活〉を謳うSM系出会いサイトから、ちょっと引用を自重したいアブノーマルなサイトまで紹介していた。

 また、晋遊舎は、女児・男児を登場させて性行為をさせる、いわゆるロリ系・ショタ系のエロマンガも複数出していた。

 本サイトも国会図書館で調べてみたが、たとえば単行本『りとらば』(あかざわRED/2005年)は、体型からして明らかに小・中学生ぐらいとしか思えない女児のキャラクターが、男性主人公を「おにーちゃん」などと呼びながら性行為をするというような短編がまとめられている。あまりに露骨すぎるので性行為場面の引用は控えるが、同単行本の裏表紙には、ふたりの男性の「やはりちっちゃいコはツルツルがいいですな」「はずかしさプラスおもらしもいいっスよ」などという会話が掲載されていた。

 他にも、『おとこのこの、そこ。』(星逢ひろ/2006年)という短編集は、全編にわたって小学生か中学生ぐらいの男児が、同年代の男児ないしは成人男性と性行為をする内容。なかには「担任の先生」と男子児童の口には出せないような行為の描写や、義父による性的暴行、さらには男児に酒を飲ませた挙句の集団レイプまで描かれていた。

 マンガ作品における性表現規制の是非はともかく、こうした作品を世に送り出していた出版社の関連会社が、学校教育で正式に使う「道徳」の教科書を発行するというのはいくらなんでもありえないだろう。

 改めて言っておくが、「別会社だから」などという言い訳は通用しない。道徳教科書への参入をもくろむ日本教科書社と、ヘイト本、児童レイプマンガを出してきた晋遊舎は、前述したように、代表取締役の武田義輝氏を筆頭に、取締役や監査役も重なっているうえ、事務所も同居しているのだ。

 これは、ヘイト本、児童レイプマンガを発行してきた人間たちが道徳教科書も発行するということであり、ヘイト本、児童レイプマンガで儲けた金の一部が道徳教科書発行の原資になるということである。

 しかも、この日本教科書社をめぐるトンデモ話はこれで終わりではない。晋遊舎というヘイト本や違法コピー紹介本、児童レイプマンガを発行してきた出版社の関連会社が道徳教科書に参入することになった背景には、安倍首相の“極右教育政策のブレーン”が深く関わっていたのだ。

 

道徳教科書参入もくろむ会社の代表は当初、八木秀次だった

 

 その人物とは八木秀次麗澤大学教授。周知の通り八木氏といえば、日本会議とも近い“極右御用学者”だ。「新しい歴史教科書をつくる会」系の歴史教科書改悪運動を牽引し、安倍政権のもとでは首相の諮問機関「教育再生実行会議」の委員をつとめ、その教育政策や改憲の旗振り役を務めてきた。

 ところが、その八木氏は以前、くだんの日本教科書社の代表取締役だったのだ。日本教科書社の登記簿を見ると、前述の晋遊舎・武田会長が代表取締役に就任したのは昨年9月1日。その前任者が八木氏で、16年4月の同社設立から17年9月1日まで代表取締役を務めていた。

 ちなみに、同じ頃、小池百合子都知事政策秘書で、都民ファーストの会前代表・野田数氏も取締役に就任している(昨年7月31日退任)。

 また、同じく登記簿によれば、日本教科書社は昨年4月21日に現在の晋遊舎のビルに移転したのだが、その移転前の住所は、ある団体の住所と同一だった。その団体とは「日本教育再生機構」。そう、やはり八木氏が理事長を務める「つくる会」から分派した極右教科書推進法人だ(前出の野田氏もこの日本教育再生機構の理事に就いている)。

 ようするに、教科書参入をもくろむ日本教科書株式会社には、他ならぬ安倍首相のブレーンである八木氏が直接関わっており、晋遊舎はその八木氏をバックアップし、経営を引き継いだパートナーだったのだ。

 いつもエラソーに「愛国」「道徳」「伝統」を説教している八木センセイだが、晋遊舎と平気でタッグを組むということは、センセイの「道徳」ではきっと、児童レイプや違法コピーはアリなのだろう。

 しかし、これは笑い事ではない。というのも、八木氏は前述の通り、安倍首相の諮問機関「教育再生実行会議」の委員だからだ。もともと道徳の教科化は、教育再生実行会議とその前進である「教育再生会議」(第一次安倍政権)の提言が元になっているとされる。

 さらに言えば、日本教科書社が発行する教科書は、八木氏率いる日本教育再生機構が進めてきた“道徳教科書プロジェクト”の直接の受け皿である可能性が高い。事実、日本教育再生機構の機関誌「教育再生」では、「活動の三本柱」として「教科書改善による反日教育の是正!」「あるべき教育政策の実現!」とともに「理想の道徳教科書の作成!」と題して〈現在は、平成30年に行われる中学校道徳教科書採択に向けて、本当に子供たちに届けたい道徳教科書の作成に取り組んでいます!〉と喧伝してきた。

 

 

安倍首相の盟友・八木を代表にしたのは官僚の忖度で検定合格するためか

 

 ようは、八木氏は自分たちで道徳教育の旗振りをしながら、一方で、自ら教科書会社の代表に収まり、道徳教科書の検定に参入しようとしていたのである。

 これはどう見ても、お手盛りではないか。それどころか、日本教科書社には加計学園と同様の疑惑さえ浮かび上がってくる。

 つまり、日本教科書社は安部首相と“アベ友”八木氏が率いる極右勢力が自分たちの息のかかった教科書をねじこみ、官僚の忖度で検定を合格させようと立ち上げたプロジェクトだったのではないか、という疑惑だ。

 実際、ある時期までは八木氏はかなり露骨な動きをしていた。日本教科書株式会社の代表であったことはもちろん、昨年8月には参議院議員会館で開かれた「草莽全国地方議員の会夏季研修会」で「道徳の教科化の意義と教科書採択の課題」と題して講演。新潟県柏崎市議会議員・三井田孝欧氏がブログでその講演の要約を書いているのだが、そこには〈日本教科書株式会社版中学道徳教科書への期待〉という一文があった。

 中学の道徳教科書検定の申請期間は、2017年4月24日に始まり、同月27日に締め切られている。おそらく、検定の申請前から申請までは、誰もが安倍首相のブレーンだということを知っている八木氏の存在を前面に出し、官僚に忖度をさせようという作戦だったのではないか。ただし、検定に合格した際、八木氏がその教科書出版社の代表を務めていると、「お手盛り」という批判を受ける可能性がある。そこで、この教科書作りを資金や環境面でサポートしてきた晋遊舎の武田会長が八木氏に代わって日本教科書社の代表取締役に就任したということではないのか。

 いや、もしかしたら、当初は最後まで八木氏が代表を務める予定だったのが、加計学園問題などで“アベ友優遇”批判が激しくなったため、慌てて代表を交代したのかもしれない。

 ちなみに、晋遊舎の武田会長は昨年4月21日付けで日本教科書社の取締役となっているが、これは文科省による教科書検定の申請が始まる3日前というタイミングだ。そして、前述したとおり同年9月1日に八木氏にかわって代表取締役に就任しているが、まさに、加計問題追及が最高潮に達していたさなかのことである。

 晋遊舎の武田会長は「日本会議のメンバー」という情報もあり、八木氏とも旧知の関係だった可能性もあるが、いずれにしても、ある時期、八木氏─武田会長のコンビでこの日本教科書社を仕切っていたのは間違いない。そのあとに、なんらかの理由で八木氏の存在が表から消えてしまったのだ。

 しかし、“八木隠し”のためだったとしても、ヘイト本、児童レイプマンガを出版していた出版社の代表を道徳教科書出版の代表にしてしまうとは……。「道徳」の必要性をわめいている極右歴史修正主義者たちの脳みそはいったいどうなっているのか。いずれにせよ、この日本教科書株式会社の問題は、「道徳教育」とはいったいなんなのかという問題にも重なってくる。本サイトは引き続き調査していく予定だ。

 

贈収賄に発展の可能性 「首相案件」解明へ加計氏の喚問を/日刊ゲンダイより転載

www.nikkan-gendai.com

収賄に発展の可能性 「首相案件」解明へ加計氏の喚問を

 

4月3日の岡山理科大入学式で挨拶する加計孝太郎理事長(C)共同通信社
4月3日の岡山理科大入学式で挨拶する加計孝太郎理事長(C)共同通信社

 

 愛媛県が作成した「首相案件」文書の真偽をめぐり、11日の衆院予算委員会は怒号が飛び交い、たびたび審議がストップする大紛糾。野党の猛攻を受けた安倍首相はイライラを隠せず、「ウソつきと言う以上は明確に私がウソをついている証拠を示していただきたい」と気色ばんで全面否定したが、もはやボロは隠しようがない。

 問題の「首相案件」文書は、2015年4月2日に愛媛県今治市の職員、加計学園事務局長が内閣府と官邸を訪問し、藤原豊・地方創生推進室次長と柳瀬唯夫首相秘書官(いずれも当時)と面会した際のやりとりをまとめたもの。愛媛県中村時広知事が「マジメな県職員が備忘録として書いた」と認めていて、その内容は生々しい。

 藤原氏は「要請の内容は総理官邸から聞いており」「国家戦略特区の手法を使って突破口を開きたい」などと発言。柳瀬氏は「本件は首相案件となっており、内閣府藤原次長の公式のヒアリングを受けるという形で進めていただきたい」と具体的な助言をしている。加計の獣医学部構想は構造改革特区で15回もハネられたこともあってか、まさに手取り足取りだ。

 ところが、集中審議で安倍首相は「柳瀬氏が発言を否定するコメントを出したと承知している」「私は元上司として信頼している」などと釈明。獣医学部構想を知ったのは、あくまで「17年1月20日に(国家戦略特区諮問会議が)認定した時に初めて計画を承知した」とし、昨年7月の衆院予算委閉会中審査で口にした答弁を繰り返した。

「首相案件」文書には、安倍首相が“腹心の友”と呼ぶ加計孝太郎理事長との会食の席で、下村文科相(当時)が「加計学園はけしからん」と話したことが話題に上ったとの記載もある。これについても安倍首相は「下村氏が言ったことを加計氏に伝えたことはない」と否定した。

 ここまで材料がそろっているにもかかわらず、安倍首相が焦点の官邸訪問を頑として認めないのは、もちろんワケがある。

「安倍首相は昨年7月の衆院予算委の閉会中審査で加計理事長との付き合いを問われ、〈友人関係なので私がごちそうすることもあるし、先方が持つ場合もある〉と答弁した。2人はおごったり、おごられたりの関係だと口を滑らせたのです。首相本人が議長を務める国家戦略特区の利用を狙う事業主体だと加計学園を認識した上で、加計理事長からゴチになっていたとなれば、収賄罪などの刑事事件に発展する可能性もある。だから、獣医学部新設計画を知ったのは、17年1月20日とするしかない。“首相案件文書”の内容を認めるわけにはいかないのです」(司法関係者)

 

  愛媛県今治市から状況証拠といえる文書が出ても、安倍官邸は絶対に事実を認めないつもりだ。柳瀬氏や藤原氏を証人喚問したところで、佐川喚問の二の舞いは必至。真相究明には、加計理事長の国会招致しかないのではないか。

 森友疑惑の昭恵夫人と、加計疑惑の加計理事長――。2人のキーパーソンを国会に呼ばない限り、モリカケ疑惑は永遠に終わらない

 

安倍政権に関わって不審な死を遂げた人物一覧/ガラパゴス速報より転載

galapgs.com

安倍政権に関わって不審な死を遂げた人物一覧

            森友学園問題で近畿財務局の職員・赤木俊夫氏が自殺をしたことで、過去に安倍政権に関わって不審な死を遂げた人物がクローズアップされてきました。

            安倍、自殺者続出内閣… 逆らうと死ぬんだ。だから皆腰がひけてるのか。

             
            Twitterではこのような形で、不審死を遂げた人物、もっと言えば「安倍政権に暗殺された疑いがある人物」の一覧が出回っています。

            この記事では、不審死リストから、安倍政権との関わりが深い人物を選んで、その背景や暗殺の疑いについて考察するツイートをまとめてみました。

            2006年 竹中省吾裁判官

            住民基本台帳違憲判決を出した。

            2006年12月3日、第一次安倍政権時の不審死。竹中省吾裁判官、住基ネット(今のマイナンバーの前身)に「違憲」判決を出した3日後に自殺。パソコンラックに結び付けたかばんのベルトで首をつって死亡? パソコンラックでどうやって首を吊るのか?重みでラックが倒れると思うが。

             

             

            2006年 鈴木啓一 朝日新聞記者

            1988年リクルート事件のスクープをするなど、朝日新聞の看板記者であった。りそな銀行による自民党への政治献金が10倍になっていることを記事にし東京湾に浮かぶ。

            @masanorinaito 鈴木啓一氏 享年48歳 朝日新聞論説委員 2006年12月17日に東京湾に浮かんでいたところを発見され、 「自殺」として処理された。 最後の記事は、死の翌日同紙に掲載された、 「りそな銀行自民党への融資残高3年で10倍」のスクープ 何言っても消されない? そうかなぁ~・・・

            鈴木啓一 2006.12.17 朝日新聞論説委員リクルート事件解明のきっかけとなる、川崎市助役への未公開株譲渡スクープなど朝日の看板記者だった。2006年12月17日、東京湾に浮かんでいるところを発見され、自殺とされた

             

             

            2007年 石井誠 読売新聞政治部記者

            郵政民営化竹中平蔵氏の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」が進めるNHKの組織改革、NTTの解体などについて批判的な記事を多数執筆していた。

            @8icsRtq8Pz2NoMi 読売政治部記者の石井誠氏が変死 自宅で手錠&口の中に靴下が詰め込まれた状態でその上から粘着テープをはってあった 後ろ手に回した両手には手錠、左手に手錠の鍵を持っていた 頭部を玄関方向に向けており、左側体部を下にした状態で、上下の服は着ていた SMプレー中の事故死と処理 警察ちゃんとしろ

            @okura_yamakawa @tsushimaneko1 @vostrool @nyanpechan @xv22tacica 石井誠って人の自殺もおかしかったな。 読売新聞政治部記者。後ろ手にした両手に手錠をかけ、 口の中に靴下が詰まった状態で死んでいるのが見つかったにも関わらず事件性がないとの警察の判断で捜査打ち切り。石井記者は、郵政民営化やNTT解体に対する批判記事を書いていたらしい。

             

             

            2007年 松岡利勝農水相

            2007年5月28日、衆議院議員宿舎(新赤坂宿舎)の自室(1102号室)で首を吊って心肺停止状態となっているところを発見され、搬送先の慶応義塾大学病院で死亡が確認された。現職国務大臣の自殺は日本国憲法下の日本では初めてのことであった。

             

            戦後の現職国務大臣の自殺は、2007年の松岡利勝農林水産大臣の自殺があるだけ。この時は松岡大臣についての献金問題などお金の問題の報道が相次ぎ、レイムダック状態になっていて、赤坂の議員宿舎で首つり自殺。類例がない。松下氏が何か追い詰められていたと社会的にわかることは、少ない。

            松岡利勝議員宿舎ですでに死亡していた。変死扱いで司法解剖が必要になる。司法解剖させない為にはなんとしても「病院内での死亡確認」が必要。小泉の顔の利く慶応に事前に根回し。そして歌手の死亡でTVがわんさか集まっているところでパフォを行う。 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20100406/1270496070

            松岡利勝 2007.5.38 自殺には謎が多すぎる。もともとこの人は腹黒一色だったのだろう。だが、BSEに汚染された米国毒牛輸入の解禁には抵抗を続けた。邪魔になって米国に暗殺されたという説は根強い。

            もう皆忘れただろうけど、ナントカ還元水松岡利勝が新築議員宿舎の自分の部屋で犬のリードに繋がれてテルテル坊主にされた暗殺事件は、農林中金他を狙った米金融が邪魔者として処分したもの。ZARD坂井自殺で目眩まし。@higeoti @kumaboon @osiete_tukachan

             

             

            2007年 山崎進緑資源機構元理事

            マンションから転落死。

            2007年に松岡利勝農林水産大臣らに政治献金をしていた疑惑が浮上。5月26日に官製談合疑惑で自宅を家宅捜索し、同日から28日まで事情聴取。28日、松岡は自殺。山崎は29日午前5時過ぎ、森林開発公団による官製談合事件の調査のさなかに投身自殺した。午後から聴取を行う予定だった。

            山崎進一 - Wikipedia

            山崎進一 - Wikipedia

            山崎進一 - Wikipedia 山崎進一 出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 移動先: 案内、 ...

             

            第一次安倍政権時の不審死。緑資源機構山崎進一元理事 自殺。2007年に松岡利勝農林水産大臣らに政治献金をしていた疑惑が浮上。5月26日に官製談合疑惑で自宅を家宅捜索。28日、松岡は自殺。山崎は29日午前5時過ぎ、森林開発公団による官製談合事件の調査のさなかに投身自殺した。

            森友問題対応の近畿財務局職員 安倍政権ではよくあること。 緑資源機構談合事件 2007年5月18日に松岡利勝農林水産大臣の地元事務所関係者が自殺。 5月28日には松岡利勝農林水産大臣が自殺。 29日には、同疑惑に関連して捜査を受けていた山崎進一が自殺。

             

             

            2013年 加賀美正人内閣情報調査室参事官

            外務省ロシア担当キャリア。練炭自殺。

            恵比寿にあるマンションの浴室で、内閣情報調査室の加賀美正人参事官(50)が死亡しているのが見つかった。浴室内で練炭がたかれた跡があり、当局は自殺とみて調べている

            ★ 官僚の罠 佐藤優 「2013年04月17日 内閣参事官の加賀美正人氏が、都内自宅の浴室で遺体で発見された。状況から練炭自殺をしたのではないかと見られている。  加賀美氏は、ロシアスクールに属するキャリア職員・・・加賀美正人氏は「鈴木宗男にぶん殴られた」と嘘の発言」

             

             

            2013年 ガチャ規制を推進していた神宮司史彦 消費者庁審議官

            妻と一緒に飛び降り自殺。

            消費者庁審議官の神宮司史彦(じんぐうじ・ふみひこ)(52)と妻(53)で、搬送先の病院でいずれも死亡が確認された。部屋から妻が書いたとみられる遺書が見つかった。家庭内のトラブルが記されており、同署は2人が飛び降り自殺を図ったとみている。(毎日新聞)  、 遺書 遺言 神宮司久美子

            ソシャゲと暴力団の関係って結構深いのかねぇ・・・ グリーとかも色々やってそう、件のコンプガチャ消費者庁審議官夫婦 飛び降り自殺で離れた場所にワープってやつとか

            グラブルで話題になってるけど、ソシャゲといえばそこらの法律整備しようとした消費者庁審議官が夫婦揃って謎ワープ自殺をしたのが印象的だな。実のところどうなんでしょうね。それも、コンプガチャ自体は報道されまくったのに、この謎自殺についてはあんま報道されてた記憶が無い

            @tachikin_dqx 2013年の事件だべね~ 消費者庁のナンバー3の官僚が自殺 奥様も自殺 同じ日に自殺だけど別々の場所で自殺 うん 事件性はないですよね(白目)

             

             

            2013年 神宮司史彦 消費者庁審議官

            ガチャ規制を推進していた。妻と一緒に飛び降り自殺。

            消費者庁審議官の神宮司史彦(じんぐうじ・ふみひこ)(52)と妻(53)で、搬送先の病院でいずれも死亡が確認された。部屋から妻が書いたとみられる遺書が見つかった。家庭内のトラブルが記されており、同署は2人が飛び降り自殺を図ったとみている。(毎日新聞)  、 遺書 遺言 神宮司久美子

            ソシャゲと暴力団の関係って結構深いのかねぇ・・・ グリーとかも色々やってそう、件のコンプガチャ消費者庁審議官夫婦 飛び降り自殺で離れた場所にワープってやつとか

            グラブルで話題になってるけど、ソシャゲといえばそこらの法律整備しようとした消費者庁審議官が夫婦揃って謎ワープ自殺をしたのが印象的だな。実のところどうなんでしょうね。それも、コンプガチャ自体は報道されまくったのに、この謎自殺についてはあんま報道されてた記憶が無い

            @tachikin_dqx 2013年の事件だべね~ 消費者庁のナンバー3の官僚が自殺 奥様も自殺 同じ日に自殺だけど別々の場所で自殺 うん 事件性はないですよね(白目)

             

             

            2014年 岩路真樹 報道ステーションディレクター

            原発問題を追っていた報道ステーションディレクター。部屋のドアを目張りして練炭自殺。生前、「自分は絶対自殺しない、死んだら消されたと思ってください」と言っていた。

            岩路真樹 2014.8.30 TV朝日「報道ステーション」ディレクター 甲状腺被爆の関係や手抜き除染等の番組制作→「自殺」 これを追求しようとした写真週刊誌フラッシュは当該号販売中止。

            岩路真樹ディレクターの不審死 : 「原発関連のニュースをきょうも放送できませんでした。時間が無くなったからです。申し訳ありませんでした」。テロップの「時間(じま)が無くなったからです」は、「(岩)路真(樹)が亡くなったからです」の意

            岩路真樹ディレクターが命がけで取材した映像。 #被曝被害 身の危険を感じるが突然死や自殺にされたくないという人は「私が死んだら殺されたと思ってください」宣言が必要かも⁈

             

             

            2015年 神原紀之内閣参事

            特定秘密保護を治安維持法と批判していた。屋久島の岩場で死体で見つかる。

            内閣府参事官 …どう考えても消されたよね。 何で台風接近時の屋久島に一人で登山行くんだよw

            内閣府参事官な神原紀之が変な場所で死んでたらしいが。公安はマタマタ煮え湯を飲まされた訳だ。中川昭一が×された時には警察は愕然としたとの噂があるが多分本当。成り済まし集団・清和会台頭以降は酷すぎるな

            安保法制で忙しいはずのこの時期に大雨警報が出てる屋久島に行って事故死する防衛官房付の内閣府参事官とか、完全に暗殺されただろ

             

             

            2016年 自民党山田賢司議員の秘書

            山田議員の不正を週刊誌に告発した秘書が「検察に行く」と言い残し、練炭自殺。

            #兵庫7区 自民の山田賢司。 この男、自分の秘書を練炭自殺に見せかけて殺した疑いがある。 それなのに、優勢かあ。このまま、闇に消えさせて良いものなのか。

             

             

            2016年 UR所管国交省職員

            甘利大臣が入院した後、合同庁舎3号館より飛び降り自殺。

            8月の時効まで死んだふりするつもりの甘利明。UR問題が出てから、国交省の若手職員が庁舎で飛び降りてのがあった(自殺???)。直の担当者だったって噂もあった。舛添もカスだが、甘利の方がはるかに悪質。

             

             

            2017年 秋山肇社長

            森友学園問題で疑惑の小学校から残土搬出を請け負っていた会社、田中造園土木の社長。

            @16thmooncafe @8icsRtq8Pz2NoMi 森友学園の8億円値引きの根拠となった残土処理を請け負っていた、藤原工業の下請けの「田中造園土木の秋山肇社長」ですよね…警察は(豊中市役所のトイレで?)自殺として処理、家族は心臓発作と主張が食い違っていた状態にも関わらず、亡くなった翌日にはお通夜をされていたという不可解な話です。

            【近畿財務局職員が自殺=「森友」交渉に関与か】 これ、冗談じゃないですね…昨年の造園業者、秋山肇さんは「国に言われて埋め戻しした」と証言した翌日、豊中市役所のトイレで「首吊り自殺」してたとされる「事件」が頭をよぎりました。 この方のご冥福をお祈り致します。

            森友学園事件には、現場ルートと呼ぶべきものがある。このルートには、酒井康生弁護士や藤原浩一(藤原工業代表取締役)、秋山肇などがいる。秋山は、3月6日に暗殺された。遺体に喉をかきむしったあとがあり、ここから立花孝志(「NHKから国民を守る党」代表)の毒殺説が出てきた。

            今回の籠池のメール暴露は、田中造園土木の秋山肇が、『毎日新聞』の取材に、「国にいわれて埋め戻しした」と証言したこととの整合性を証明するものだ。秋山は、ゴミがなかったことを証言していたのであり、これ以上喋られると困る勢力に、口を封じられたのだ。

            秋山肇の他殺説の根拠。 ① 日頃から自殺をするような人物ではなかったこと。 ② 遺書がなかったこと。 ③ 死の前日に『毎日新聞』のインタビューを受けて、「国にゴミは掘り起こす必要はないと指示された」と語っていたこと。 ③が、敷地にゴミはなかったとする籠池の暴露と繋がる。

             

             

            2018年 赤木俊夫 近畿財務局上席国有財産管理官

            森友学園問題に関連した池田靖近財統括官の直属の部下。神戸市内の自宅で首をつって死亡していた。

            1⃣佐川長官が辞任へ。森友問題「混乱の責任」か⁉そして、森友の国有地売却問題で対応の、書き換え役の近財職員が自殺「原本」と遺書見つかる赤木俊夫(近畿財務局職員)が7日に自宅で自殺。(共同通信) 赤木氏は払い下げの価格交渉で汚れ役を一身に背負わされていた池田靖統括官の直属の部下だった。

             

            自殺したのは赤木俊夫・上席国有財産管理官。赤木氏は、払い下げの価格交渉で汚れ役を一身に背負わされていた池田靖統括官の直属の部下だった。氏の自宅となっている神戸市内の国家公務員宿舎には「改ざん前の原本」と「遺書」があったとされる。赤木氏は問題の文書改ざんに直接関わっていた

            近畿財務局の上席調査官・赤木俊夫氏が死亡した事件。赤木氏は森友文書を朝日新聞にリークした人という情報も出ている。この役職の人が他人ごとの森友学園問題で自殺などするはずがない。口封じで殺されたと見るべき。仮に自殺だとしても、安倍晋三と昭恵さえいなければ、彼が絶命することはなかった。

            @_yanocchi0519 @nunnun106 赤木俊夫氏は事情聴取されていた。捜査当局は「こいつはベラベラ喋る」という印象を持ったのかも?他殺の疑いのある事件なのに「自殺」だと公表することが不自然。警察ルートの殺人事件。

            NHK[森友]文書書き換え財務省調査結果 全文書掲載

            政治とのつながり部分はすべて削除

            書き換え前の文書には安倍総理大臣の妻の昭恵氏など政治家やその家族の名前が数多く書かれていて、財務省や近畿財務局が森友学園と政治家などとのつながりを意識していたことがうかがえます。そして、こうした名前が書かれていた部分はこれまで開示されていた文書ではすべて削られていました。
            (青のラインが削除された記述)太字の部分

            このうち、昭恵氏の名前は国有地の貸し付け契約に関する決裁文書に添付された「これまでの経緯」という資料の中にありました。

            鴻池 元防災相

            削除される前は平成26年4月28日に行われた打ち合わせでの学園側の発言として、打合せの際、「本年4月25日、安倍昭恵総理夫人を現地に案内し、夫人からは『いい土地ですから前に進めてください』とのお言葉をいただいた」との発言あり(森友学園籠池理事長と夫人が現地の前で並んで写っている写真を提示)と書かれていました。

            さらに平成27年1月8日に森友学園が小学校の運営に乗り出すことを伝える新聞社の記事がインターネットに掲載されたとしたうえで、記事の中で、安倍首相夫人が森友学園に訪問した際に、学園の教育方針に感涙した旨が記載されると書かれていました。

            また「森友学園の概要」をまとめた文書では、理事長だった籠池泰典氏が「日本会議大阪」に関与しているとしたうえで、この団体を説明する注意書きとして、国会においては、日本会議と連携する組織として超党派による「日本会議国会議員懇談会」が平成9年5月に設立され、現在、役員には特別顧問として麻生太郎財務大臣、会長に平沼赳夫議員、副会長に安倍晋三総理らが就任と書かれていました。

            鴻池 元防災相
            森友学園の概要」をまとめた文書

            さらに参考として国会議員などの学園を訪問状況も記されていて、平成20年から25年にかけて学園を訪れた5人の議員の名前のほか、昭恵氏についても平成26年4月に講演や視察を行ったことが記されていました。

            このほか、籠池氏から事務所が相談を受けていたことを明らかにしている鴻池元防災担当大臣についても、「本件は、鴻池祥肇議員から近畿局への陳情案件」などと複数の箇所に秘書の名前がありました。

            同様に平沼赳夫経済産業大臣と故・鳩山邦夫総務大臣の秘書が森友学園の国有地取引をめぐって財務省や近畿財務局に相談をしていたと書かれていました。

            鴻池 元防災相の記述は

            鴻池 元防災相

            鴻池祥肇 元防災担当大臣について書き換え前の複数の決裁文書に「本件は、平成25年8月、鴻池祥肇議員(参・自・兵庫)から近畿局への陳情案件」とか平成25年8月13日に鴻池祥肇議員秘書から近畿局へ照会(受電)。籠池理事長が、本件土地について購入するまでの間、貸付けを受けることを希望しており、大阪航空局に直接相談したいとの相談を受ける」などの記載があります。

            そして、8日後の8月21日に近畿財務局の担当者が同席する形で籠池前理事長が大阪航空局を訪れたことが書かれていますが、こうした記述はいずれも書き換え後の文書から削除されています。

            鴻池氏の秘書は去年3月のNHKの取材に対し、籠池前理事長から国有地の売却手続きなどについて面談や電話で相談を受け、近畿財務局や大阪航空局に合わせて8回問い合わせの電話をしたことを明らかにしていました。

            また鴻池氏の事務所が作成した「陳情報告書」には平成25年8月からおととし3月までの間に籠池前理事長から繰り返し相談を受けていたことが記録されていて、鴻池氏が同席した面談では「上からの政治力で早く結論が得られるようにお願いしたい。土地の評価額を低くしてもらいたい」と要望があり、「ウチは不動産屋ではありません」と答えたと記載されています。

            また鴻池氏は去年3月の会見で4年前の平成26年4月中旬、国会のみずからの事務所で籠池前理事長の夫婦と面会し封筒のようなものを渡されそうになったことを明らかにしていました。鴻池氏は「財務省か大蔵省かわからないが、お願いの儀があるようなことをちらっと聞いた。同時に、紙に入ったものを差し出され、『これでお願いします』と言われた。一瞬で、カネだとわかった。だからそれを取って『無礼者』と言い、そういうのは教育者と違う、『帰れ』と言った」と述べ、差し出されたものを突き返したと説明していました。

            去年3月の国会で当時、理財局長だった佐川 前国税庁長官は「籠池前理事長と近畿財務局の面会に政治家による仲介は一切なかった」と説明し、個別の面会記録は残っていないと答弁していました。

            平沼 元経産相の記述は

            平沼 元経産相

            平沼赳夫経済産業大臣について、書き換え前の決裁文書には「H27.1.29平沼赳夫衆議院議員秘書から財務省に『近畿財務局から森友学園に示された概算貸付料が高額であり、何とかならないか』と相談。財務省は『法律に基づき適正な時価を算出する必要があるため、価格についてはどうにもならないこと、本件については学校の設立趣旨を理解し、これまで出来るだけの支援をしていること』を説明」と記載されています。

            平沼氏をめぐっては大阪府が去年4月、森友学園が開校を計画していた小学校の認可をめぐって、平沼氏側から問い合わせがあり、当時の大阪府の担当職員が、「『学園の理事長に対する大阪府の職員の態度が悪い』という連絡があった」などと話していることを明らかにしていました。

            これについて平沼氏の事務所は、去年4月のNHKの取材に対し、「森友学園の小学校の認可申請に関連して、平沼議員本人や事務所スタッフが大阪府に電話などで連絡を取ったことは一切ない」と説明していました。

            鳩山元総務相の記述は

            鳩山元総務相

            おととし亡くなった鳩山邦夫総務大臣について書き換え前の決裁文書には「H27.2.16鳩山邦夫衆議院議員秘書から国会連絡室に『森友学園が近畿財務局から国有地を借受ける件について相談したい』との連絡」とか「H27.2.17鳩山邦夫衆議院議員秘書が近畿財務局に来局し『近畿財務局から森友学園に示された概算貸付料が高額であり、何とかならないか』と相談。近畿財務局はH27.1.29の財務省対応と同様な説明を行う」と記載されています。

            平成27年1月29日には平沼元経済産業大臣の秘書が森友学園への国有地の貸し付け料をめぐって財務省に相談し、「財務省は『法律に基づき適正な時価を算出する必要があるため、価格についてはどうにもならないこと、本件については学校の設立趣旨を理解し、これまで出来るだけの支援をしていること』を説明」と記載されていました。

            北川イッセイ元国土交通副大臣の記述は

            北川イッセイ

            自民党北川イッセイ元国土交通副大臣について書き換え前の決裁文書には「H27.1.15森友学園国土交通省北川イッセイ副大臣秘書官に『近畿財務局から示された概算貸付料が高額であり、副大臣に面会したい』と要請。国土交通省は『貸付料は近畿財務局において決定する内容であるため、面会しても意味はなさない』旨回答」という記載があります。

            森友学園の籠池前理事長は去年3月の証人喚問で北川元副大臣について「国有地の土壌を除去する費用を大阪航空局に代わって立て替えたが、『早く返還して欲しい』と依頼した」と述べていました。

            一方、北川元副大臣は去年3月のNHKの取材に対し「籠池氏とは会ったこともなく知らない。何かを頼まれたことは一切ない」と発言を否定していました。

            財務省の調査結果 全文書

            財務省が書き換えを認めた14の文書はあわせて78ページの分量があります。
            このうち元の文書が削られたり、書き換えられたりした部分を一続きの文書や文言ごとに数えるとおよそ310か所にのぼりました。

            PDFダウンロードはこちらから

            01 貸付決議書①「普通財産決議書(貸付)」(平成27年4月28日)

            02 貸付決議書②「普通財産決議書(貸付)」(平成27年5月27日)

            03 売払決議書「普通財産売払決議書」(平成28年6月14日)

            04 特例承認の決裁文書①「普通財産の貸付けに係る承認申請について」(平成27年2月4日)

            05 特例承認の決裁文書②「普通財産の貸付けに係る承認申請について」(平成27年4月30日)

            06 承諾書の提出について(平成26年6月30日)

            07 未利用国有地等の処分等の相手方の決定通知について(平成27年2月20日)

            08 予定価格の決定について(年額貸付料(定期借地))(平成27年4月27日)

            09 特別会計所属普通財産の処理方針の決定について(平成27年4月28日)

            10 有益費支払いに関する意見について(照会)(平成28年2月25日)

            11 有益費支払いに関する三者合意書の締結について(平成28年3月29日)

            12 国有財産の鑑定評価委託業務について(平成28年4月14日)

            13 予定価格の決定(売払価格)及び相手方への価格通知について(平成28年5月31日)

            14 特別会計所属普通財産の処理方針の決定について(平

            日刊ゲンダイより転載// 決裁文書改ざん疑惑のキーマンは財務省から消えていた

            決裁文書改ざん疑惑のキーマンは財務省から消えていた

            しっかりハンコが…(顔写真は小堀氏=財務省財務局の採用パンフレットから)
            しっかりハンコが…(顔写真は小堀氏=財務省財務局の採用パンフレットから)

             キーマンは、すでに財務省から消えていた。森友学園への国有地売却を巡る決裁文書改ざん疑惑。書き換えた疑いのある国会議員らに提示された決裁文書には、最終責任者として当時、近畿財務局管財部長だった小堀敏久氏(57)の印が押されてある。彼こそ今回の疑惑のカギを握る人物なのだが、昨年9月30日に財務省を離れ、翌10月1日に異例の待遇で所管外の独立行政法人に迎え入れられていた。

             茨城県土浦市出身の小堀氏は、明大商学部を卒業後、1984年に財務省に入省。関東財務局管財第2部長や九州理財局財務部長などを歴任するなど一貫して、地方の財務局で勤務してきた。

             近畿財務局管財部長に就いたのは、2015年7月。翌16年6月に破格の約8億円値引きで森友学園に国有地を売却するまで、交渉窓口となった管財部のトップを務めたキーマンである。

             

            ■異例の待遇で所管外の独法に

             同年7月の人事で小堀氏は九州財務局総務部長に異動。熊本県の地方紙本社を訪れた際には「(熊本城の)石垣などが崩れ、痛々しいと思った」「管内の地域と東京を結ぶ仕事。地元の声を東京にどう伝えていくかです」と抱負を語っていたが、昨年7月1日付で大臣官房付となり、たった1年で九州財務局を離れた。

             その3カ月後に迎え入れられたのが、さいたま市独立行政法人水資源機構」。政府全額出資の資本金77億円を誇り、理事長の報酬は月額100万円を軽く超える霞が関官僚垂涎の“天下り先”だ。

             ただ、理事に就いているのは所管の国交省農水省の幹部OBだけで、所管外の財務省から人材を迎え入れるのは異例のこと。しかも小堀氏は「常務参与」という肩書を与えられているが、この役職は、小堀氏の就任以前5年間も担当者不在で“空席”だった。わざわざ、彼のために用意されたポストのようにも見えるのだ。

            「『常務参与』は役員ではなく、あくまで一般職。内部統制の充実及び強化、業務改善の推進を任されています」(水資源機構広報課)

             果たして、財務省を離れたキーマンの異例の人事は何を意味するのか。

            「慰安婦」研究 雲南の激戦地における悲惨と偉大 その4

            地の塩になれればと より転載

            ありがとうございます!

             

             

            慰安婦」研究 雲南の激戦地における悲惨と偉大 その4

             

            (4)激戦地で日本兵と共に玉砕した朝鮮人慰安婦」の無言の重さを想う

            1)死者は語れず、また生存者の多くはは語れない。語ろうとしても、引け目や罪責感のために語れない。
             生存者の一部だけ語ることができる。それを尊重するが、しかし、それが全体を代表し、しかも、自分の証言以外を否定することは認められない。

            2)日本軍守備隊が玉砕した雲南・拉孟における「慰安婦」は、松井秀治『ビルマ従軍 波乱回顧』(興竜会本部、福岡、一九五七年)でも記述されている。その第二巻第十四の「慰安」(一八五頁以降)では、「拉孟で最も立派な建物」を新築して「慰安所」とし、昭和「十七年の暮も押し詰まった頃、半島人慰安婦十名が軍の世話で到着した。十八年の夏頃又内地人と半島人合せて十名が派遣された。最初の半島人十名は十八年に龍陵の慰安婦と交代したが、これ等の慰安婦は十九年六月後方との交通が遮断された為後方に脱出する事が出来ず、拉孟の将兵と共に玉砕した。此等の女性は最初は慰安婦であったが、拉孟が包囲されるに及び全く日本婦人と変り、兵の服を着用し炊さんに握り飯つくり、患者の看護等に骨身を惜しまず働いて呉れたが、気の毒なことであった」と述べられている。
             「気の毒なことであった」とは戦死・散華を示唆していると言える。既述したように「投降」した、或いは隠れていて発見された「慰安婦」もいるだが、玉砕・散華した「慰安婦」もいたと考えられる(黙祷)。
             先の拉孟の写真①や②では数名だけであるが、前の引用文では「慰安婦」が十数名いたことが分かり(日本人リーダーに朝鮮人サブリーダー二人の下に多くの中国人「慰安婦」という構成から推計すれば、朝鮮人の方が多かったと言える)、残りは約十名となる。もちろん、包囲網を逃れ、行方をくらました者もいたかもしれない。いずれにせよ検証はできないが、戦死・散華の可能性を排除することもできない。

            注記:
             『ビルマ従軍 波乱回顧』は、国会図書館には収蔵されているが、CiNii Books(国立情報学研究所)では検索できなかった。私は品野の所蔵していたコピーに拠っている。この『ビルマ従軍 波乱回顧』は、貴重な文献であるため、ここで当該頁を紹介する。『異域の鬼』三〇二頁の中村森太郎少尉の体験などに注意しつつ読む。



            3)先述の引用文は半島を統治していた日本側の見方であり、被統治者ではない点も注意しなければならない。当然、美化にも注意しなければならない。
             また玉砕したとしても、嫌々ながら逃げ出せず、戦火の中で命を失った者もいる可能性もあるが、そこまで言えば日本兵でも同様である。
             その上で、「慰安婦」となったからにはと、「挺身隊」の文字通り身を挺した「慰安婦」もいたことから、引用文は一面的であるとまでは言いきれない。
             (2)の6)で取り上げた、日本兵朝鮮人慰安婦」が「この体、日本人ととこちがうか」、「日本人と同じ米の飯食べてるんだ。日本人と同じ天子様が朝鮮をおさめているんだ。どこもちがわないね」、また「チョウセンピー、チョウセンピーって、バカスルナァ!テンノヘイカ、ヒトツトォ!」、「おまえ(日本兵―引用者注)の格好は何たるざまだ。それでも皇軍か?それでも神州男児か?この馬鹿野郎!」などと言い返し、罵倒したことは、その現れである。
             このような朝鮮人慰安婦」であれば、当然、包囲された拉孟守備隊で「全く日本婦人と変り、兵の服を着用し炊さんに握り飯つくり、患者の看護等に骨身を惜しまず働」き、日本人兵とともに玉砕したと言えるのである。
             このように考えることは、彼女たちの生き様をしっかりと受けとめることに通じる。
             そしてまた、生き延びた「慰安婦」の語る被害の証言の重さを思うならば、壮烈に戦死・散華した「慰安婦」の無言の重さをも思いを馳せるべきである。

            (5)死者の声なき声に傾聴する―「死人に口なし」では終わらせてはならない

            1)玉砕前の拉孟守備隊の状況について、吉武伊三郎軍曹(当時は伍長)の証言に基づき、品野は、以下のように述べている(『異域の鬼』三二二~三二三頁)。
             「全滅の一日か二日前だった。吉武伍長は慰安婦たちに大声で泣きつかれた。慰安婦たちは看護婦がわりに働いている。手足のもげた兵たちが呻き毎日々々死んでいく。彼女たちの神経がもてている方が不思議なくらいだ。
             『どこでもいい、この場から一緒に連れて逃げてェ』とすがりつくが、どうにも仕様がない。そのときまで二〇名の慰安婦はみな無事だった。服装も、兵隊服やモンペでなく、女のワンピースだった。『こんな女たちも道連れにせねばならんのか』と、吉武伍長は不憫でたまらなかった。
             『連れて逃げ出したいのは山々だが、飛び出しても敵ばかりだし、仲良く暮らしてきたのだから兵隊たちと一緒に死のう』というしかなかった。冗談まじりにいったつもりだったが口がひきつった。
             九月七日、横股陣地に追い詰められた。雨でビシャビシャになっているコの字型の大きな横穴壕に重傷者と慰安婦が入っている。昇汞錠を重傷者と慰安婦にも与えた。重傷者はほとんど飲まず手榴弾で自決した者が多かった。」
             自決のための「昇汞錠」を、吉武伍長は与えたが、それ以上は働きかけずに当人の判断に任せたと読める(次項の里美兵長の対応を参照)。
             なお、品野によれば、昇汞錠(水に溶かして消毒に使う塩化第二水銀で、致死量〇・二~四グラム)が、全員、自決用に「二包あて(錠というが無色光沢柱状結晶)」渡されたという(二八四頁)。
             他方、千田は「青酸カリ」と記している(前掲『従軍慰安婦 正編』一三八頁)。それでは、千田は誤りかと言えば、即断はできない。
             品野がインタビューした者は知らなかったが、隊長や指揮官は持っていた可能性はある。また「慰安婦」は前々から所持していたとも考えられる(金春子はピストルを渡されいよいよ最後の時は自決しろと告げられ、自覚した)。これは「慰安所」での性的行為は戦いの延長、或いは一環であり、このような意味で名誉や尊厳を感得していたことを意味する。それ故、敵の戦時性暴力を受けることは耐えられず、操を守るために自決する。
             かつて、武家では少女が成人になると「懐剣(短刀)」を与えられ、襲われれば防御・撃退し、そうできなければ自決した。この武士道(婦道)的な精神を、金春子にも見出すことができる。
             確かに歴史的な制約を見なければならないが、新渡戸稲造が『武士道』第一四章「婦人の教育と地位」で、少女の「懐剣」に関連して、自分の純潔と信仰を守るために自決したペラギアとドミニナを聖女に列していることは熟考すべきである。

            2)その後、吉武伍長たち脱出するが、その三、四時間前に「二、三人の慰安婦が飛び出」し、「水無川に転げ落ちるようにして逃れた」一方、日本兵の自決の「そば杖」か、或いは「一緒に」自決したか確認できないが、脱出しなかった「慰安婦」もいた(『異域の鬼』三二三~三二四頁)。後者について、西野瑠美子は「自決の巻き添えになった可能性もある」と述べているが(『戦場の「慰安婦」―拉孟全滅戦を生き延びた朴永心の軌跡―』一〇五頁)、日本兵とともに玉砕・散華した可能性もある。
             そして、先に引用した『異域の鬼』の同じ部分を、西野は『戦場の「慰安婦」』一〇七~一〇八頁で引用し、その時に脱出した一人であるとして朴永心の証言を紹介している。即ち『戦場の「慰安婦」』は、『異域の鬼』に言及しつつ、独自に聞き取りした証言も加えて、朝鮮人慰安婦」朴永心の悲惨な被害を取り上げ、日本人の反省・謝罪の必要性を提起し、加害者である日本兵の証言も、これに沿って被害者(朴永心)の証言を補強するようになっているが、その信頼性への疑義を、本論文1(3)で述べた。

            3)『戦場の「慰安婦」』の結びでは、朴永心が人間として「尊厳」を破壊され、「“恨”を抱えたまま死ぬことはできません」と語ったことが取りあげられている。そして、西野は彼女が生き延びたのは「諦め」ずに「生きようとする意志」、「強い生命力」があったためであり、また八〇歳を越えても「人間の尊厳を取り戻す闘い」の「結果」を出そうとする「強い意志」があり、それが「生命力の源」となっていると評価する(『戦場の「慰安婦」』二二一頁)。この証言の信頼性が確かめられれば、尊重する。
             ただし、1(3)で述べたように「恨」という情念、怨念を「生きようとする意志」、「強い生命力」に結びつけることは慎重に注意しなければならない。その超越・昇華がなければ、「恨」の依存となる。そして、その支援は依存を助長する。
             逆に見れば、超越・昇華すれば、「恨」や、その「支援」を名目に歴史を政治外交に悪用することができなくなる。また、この問題で目立とうとすることもできなくなる。それ故、狡猾で卑小で偽善的な野心を抱く者は、超越・昇華させずに、それを助長させる。これでは、当事者は「恨」を抱え続け、また「支援」者はそう続けさせる。この点でも、西野の調査を問わねばならない。

            4)さらに、日本兵とともに玉砕・散華した朝鮮人慰安婦」は、どのように語るかと、私は考える。客観主義や実証主義という主観主義に制約された者は、記録されていないことは論じられないという不可知論に陥るが、それでは研究にはならない。
             その生き方、死に方を推し進めれば、「恨」に捕らわれ続けることなどあり得ないと言える。

            5)加えて、「仲良く暮らしてきた」という伍長の言葉を見過ごすことはできない。朝鮮人慰安婦」は日本人「慰安婦」や日本兵とともに、中国人の上に位置していたのである。そして、朴永心は中国人「慰安婦」について、どのように思っていたのかと、私は問わざるを得ない。
             既述したとおり、李連春のいた「慰安所」では、一人の日本人、二人の朝鮮人、そして「中国東北地方からの女性が数人いて、現地で拉致された女性を含めると二十数人」であった(小著『アイデンティティと時代』一二八頁)。また、その「慰安所」は、女性が入れない「神聖」な「祠堂」の「四合院」を改築した建物であった。他方『波乱回顧』では「拉孟で最も立派な建物」を新築したと記されている(本論文2(3))。ここから、拉孟ではいくつかの「慰安所」があり、日本人リーダー、朝鮮人サブリーダー、その下の中国人という階級システムがあったと言える。これは、軍の直轄、周辺の半官半民的な(李連春は日本兵が警備・監視と述べている)、さらに民間という種類に対応している可能性もあり、『波乱回顧』では軍直轄の「慰安所」しか書かなかったと推論することもできる。
             そして、朝鮮人がこのような立場であれば、日本人が「仲良く暮らしてきた」ではないかと言うのも一理はある。勿論、上の統治者と中間管理の立場では違うが、下の被支配者とも違うことを認めなければならない。
             なお中国人「慰安婦」については、『異域の鬼』においても、「広東ピー(売春婦)」(一一九頁)程度で、言及が極めて少ない(この点は次回に取りあげる)。

            6)朴永心の証言も、西野の評価も――仮に信頼性が確かめられたとすれば――、それは一つの立場によるものであり、私は尊重する。
             その上で、私は現実は多面的多元的で、史実もそうであると認識する。つまり、朴(そして西野)とは異なる立場もある。最後に脱出した者と、脱出せずに自覚して死を選んだ者との違いは明白である。
             だからこそ、玉砕・散華した朝鮮人慰安婦」の声なき声に傾聴し、証言できない者の想いを洞察し、提示する。
             そして脱出した者について、脱出しなかった者から言えば、“結局は、半島ではできなかった人の上に立つ出世が中国ではできるし、しかも金儲けもできるので、はるばる雲南まで来たのだな。八〇過ぎてもなお「恨」というのは、どれも敗北で失ったからだ”となるだろう。事実『戦場の「慰安婦」』では、朴永心が「お金が稼げる仕事がある」という「巡査の言葉にのせられ」たことや(一九頁、二八頁)、将校がたびたび「外に連れ出し」、「慰安所近くの寿司屋」にも行ったこと(二九頁)が記されている。
             また守備隊では、彼女と「仲良く」していた日本兵は一人もいなかったのだろうか? いたとしたら、彼はどう思うだろうかとも考えさせられる。
             このようなわけで、私は加害側の民族で、戦争を遂行した者の息子の世代に当たり、その立場で加害を認識し、反省と謝罪の必要性も自覚した上で、死者の声なき声をも傾聴すべきと考える。そして、「尊厳」というなら、「恨」に依存するよりも、玉砕・散華した者の生と死にこそ「尊厳」が凝縮されていると認識する。

            (6)玉砕と脱出―極限状況における崇高な阿吽の呼吸(暗黙の合意)

            1)玉砕前、拉孟守備隊から本隊に状況報告のために「脱出」の命令が木下中尉、里美兵長、亀川上等兵の三名に出された。その一人の里美の証言を、品野は『異域の鬼』でまとめている。その中で「慰安婦」に関しては、次のように記されている(四〇五頁)。
             「私(里美―引用者注)は弾のはいっとらん拳銃と軍刀だけしか持たんかった。手榴弾もなかった。脱出命令を受ける前、本部の下士官が〈慰安婦を殺せ〉といってきて昇汞(消毒用の劇物―引用者注)の包みを一〇個ほどくれた。〈おなごをみな殺してしまえ、握り飯のなかに毒をいれて食べさせろ〉という。
             〈そんなバカなことをすんな。どうせ助からんし捕虜になってもええじゃないか〉といったら〈それならお前が死ね〉といわれた。私は女に毒薬をやらず、水の溜まったドラム缶の中に捨てた。朝鮮の女は〈捕虜になったがまし〉といっとった。女を殺せなんちゅう命令など腑に落ちんことが多かった。〈金光大隊長が生きとったら、そんなことはいわんじゃろ〉と私はいった」
             「昇汞」を飲ませて殺害する命令が、極限状況において出されたが、現場では必ずしも実行されなかったことが分かる。
             さらに里美が従わなくても、下士官が「それならお前が死ね」と言うだけであったのは、彼の黙認を示唆している。それは悲惨で残酷な戦場においてなお保たれていた人間性の証と言える。

            2)この命令は、玉砕直前で、昇汞が、自決用に全員「二包あて」渡された時(二八四頁)と思われる。それは動けない傷病兵のためで、それ以外は最後の銃剣突撃を行い、戦死するので、謂わば無理心中の如きものと言える。
             それ以前、金光隊長は「大きな砲弾」の直撃で壕が崩壊し、生き埋めになり(二七六頁)、この時は真鍋大尉が指揮していたが、毒殺の命令が、彼からか、それともその下の者によるかは不明である。
             いずれにせよ無理心中的な「慰安婦」毒殺の命令は出されたが、必ずしも現場で実行されなかったことは、日本兵と「慰安婦」の絆の強さによるものと言える。

            3)木下、里美、亀川たちが九月七日早朝に脱出しようとした時、「ひとかたまりの兵隊たちが〈お前たちばかり逃ぐるちゅうことはいかんじゃなか〉と詰め寄った」という(四〇五頁以降、以下同様)。
             これに対して木下中尉は「上司の命令」で「連れて行くわけにはいかん。ついてくるも、いかんも、ついてくればしょうがないばってん」と答え、黙認を示唆した。そして、木下の黙認は、部隊の黙認でもあったと考える。
             里美たち三人に「おとこ、おなごで七、八人」(女は三人で全員日本人)が「ついて」いったと記されており、合計十名という人数が守備隊で動けば、知られないはずはない。
             従って、残った兵隊と「慰安婦」は玉砕を覚悟して黙認したと考えるのが現実的である。ただし、この限界状況における阿吽の呼吸(暗黙の合意)は伝えられず、ただ洞察するしかない。

            4)脱出した後、里美たちは「高さが二〇メートルもある草むらの崖を飛び降り」、川幅が「四〇メートルくらい」で「胸まで深い」流れを渡り、対岸に着くと、中国軍に発見されて銃撃を受け、みな「バラバラ」になった。
             里美は夜になり、中国人に会い、泊めてくれと頼むと(彼は中国語が話せた)、「警戒が厳しいからといって牛小屋に寝かせてくれ」、また「間道」を教えてくれた。
             その後、里美は他の者と「昆明の収容所で会った」という。

            5)また、鳥飼一等兵(後に兵長)に、品野が「拉孟玉砕を書いた戦記ものに、金光守備隊長の仲人で相愛の兵と慰安婦が結婚して玉砕したなどと書いたものがありますが、そんなことがあったでしょうか」と質問すると、鳥飼は、次のように答えた(『異域の鬼』三一四~三一五頁)。
             「そんな事はあり得ん。また金光守備隊長を神様のように書いとるが、あれも嘘だ。金光少佐は壕の中ばかりにいて、戦死した時も壕のなかにはいっとったという話だ。実際に陣頭指揮をとって戦ったのは真鍋大尉だ。きびしい人だったが、兵から尊敬され、三カ月も持ちこたえたのは真鍋大尉のみごとな指揮統一があったからだ。」
             鳥飼は金光隊長を低く評価しており、里美とは異なる。ただし、品野は早見上等兵の証言を踏まえて、次のように述べている(三九三頁)。
             「兵から叩き上げた実直で優しい金光少佐は砲兵の兵隊に敬愛されていた。彼はここでは一番の年長者でもある。惨めに死んでゆく若い部下をみすみす見殺しにしていかねばならぬ苦渋の中で、自分も誰に看取られることもなく骨を拉孟に埋めた。その厳粛な『事実』こそが、金光少佐の本望ではなかったか。どんな百万言の賛辞を並べられるよりも…。」
             鳥飼は直接「陣頭指揮」を受けた真鍋を高く評価しているのであり、全体を見渡すことができれば、隊長としての金光の評価が改まるかもしれない。叩き上げの経験豊富で度量の大きい金光隊長、厳しい現場指揮官の真鍋大尉の組み合わせが、拉孟守備隊の粘り強い強靱さをもたらしたと言えよう。

            6)先述の「金光守備隊長の仲人で相愛の兵と慰安婦が結婚して玉砕した」という点についても、一概に否定できない。それは「手榴弾で自決した者もおり、そば杖を食ったらしい慰安婦の死体もあった。兵と仲良しになっていた慰安婦もいたから、一緒に死んだのかも知れない」という可能性を捨てきれないからである(三二四頁)。
             そもそも守備隊において正式な「結婚」ができるわけがない。「戦闘がひどくなると、慰安婦たちも兵舎のある陣地で兵たちと一緒になって炊事の手伝いをしたり患者の世話をした。そんな慰安婦ともいちゃついていた将校もいたが、あとは女なんか構っていられなかった」という(三一九頁)。ただし絶望的な状況下で、身を挺して必死に奮闘する「慰安婦」と兵士の仲を、「実直で優しい金光」が認め、励ますことはできる。そして周囲も暗黙に祝福する。ここでも限界状況における阿吽の呼吸が洞察できる。
             さらに、そのような場合、この「結婚」は、セクシュアルでも、生殖的でもなく、ひたすら精神的で、崇高でさえある。

            (7)悲劇に接して覚えるわれわれの満足は、美の感情ではなく、崇高の感情である。かかる感情の最高度のものである―ショーペンハウアーより―

            1)これまで雲南の戦場で「慰安婦」が日本兵と最後まで戦い抜き、玉砕した者がいたことを述べてきた。これについて、千田夏光は『従軍慰安婦 正編』(三一新書、一九七八年)の第五章で、「中国軍に投降した朝鮮人慰安婦が伝えたもの」であるとして、次のように述べている。
             拉孟の守備隊長は、「慰安婦」は「兵隊」ではないから「後方へさがって貰いたい」との指示したが、これに対して、彼女たちは「私たちも兵隊さんのお手伝いします。お国のためと思えばこそ、ここまで来て兵隊さんを慰めてきたのじゃないですか」と答えた「らしい」(一三五頁)。その時、「慰安婦」は十数人いて、その「うち少なくとも七人」は「兵隊さんと最後まで一緒にいます」と言ったらしい(同頁)。
             さらに戦況が悪化したため、守備隊長は「軍人でないお前たちに命令はできないが、これは世話になった兵隊にかわって、守備隊長としての勧告というより頼みだ」と告げたが、彼女たちは「兵隊さんたちと最後まで一緒にいさせて下さい。私たちも兵隊のつもりです」と応じた(一三六頁)。
             そして玉砕を前にして、九月七日、動けない傷病兵に自決命令が下ったとき、日本人「慰安婦」が朝鮮人慰安婦」に「あなた方はお逃げなさい。何も日本に義理だてることはないわ。命を大切にしてお国に帰りなさい。同じ東洋人だから中国兵もひどいことしないと思うわ。私たちは兵隊さんたちの後をここで追うから」と勧め、その後「突入した中国兵が数えたときその遺体は七体だったという」(一三八頁)。

            2)千田は、日本人「慰安婦」が玉砕し、朝鮮人慰安婦」が「投降」したと記しているが、品野は、生存者の聞き取りから、日本人「慰安婦」にも脱出した者がおり、この説に異論を出している。
             しかし、これまでブログで取りあげてきた記録写真では、朝鮮人慰安婦」の遺体と説明されており、朝鮮人慰安婦」も玉砕・散華した可能性がある。
             この点に関して、前掲『波乱回顧』では、「全く日本婦人と変り、兵の服を着用し炊さんに握り飯つくり、患者の看護等に骨身を惜しまず働いて呉れたが、気の毒なことであった」とある。「日本婦人と変り」とは、日本人「慰安婦」が「日本婦人と変り」とだけでなく、朝鮮人慰安婦」がそのように変わったとも読める。
             また、第五飛行師団第四飛行団飛行隊長小林憲一の証言では、「もんぺ」のように見える「軍袴」を着た「慰安婦」がいたという(西野『戦場の「慰安婦」』一〇三頁)。そして朴永心も「日本軍の防暑服」を上着にしていた語った(西野一〇四頁)。
             他方、アメリカ軍の医療スタッフの治療を受けている朝鮮人慰安婦」はワンピースを着ているが、「同じ壕にいた兵は全員玉砕したという」(写真①や②)。つまり、最後まで戦い抜いた女性は、「兵の服」を着た者だけでなかったことが分かる(たとえ最後に脱出したとして、その重みは変わらない)。
             ここから、私は「兵の服」を着た女性は下士官クラスで、そうでない女性を指揮していたと推論する。そして、後者には朝鮮人慰安婦」がいたと考えられる。即ち、日本人と朝鮮人の中で志願した女性が玉砕したのである。

            3)千田は、女性たちが兵隊たちと共に玉砕した理由は「“テンノウヘイカノタメ”的なものに殉じた」と解釈する(『従軍慰安婦 正編』一三九頁)。確かに「お国のため」という言葉が引用されており、そのように表現されたのであろう。ただし、それはまさに身を以て兵隊たちと一心同体の如き体験を実感したことに裏打ちされており、決して空虚なスローガンではなかったと考える。
             他方、品野は聞き取り調査では「天皇陛下万歳と叫んで死んだ」者はいたかと必ず質問し、ほとんどいないという証言を得る(『異域の鬼―拉孟全滅への道―』二六八頁、三六三頁、三七〇頁など。「天皇陛下万歳と叫んで死んだ」のは士官学校出身者くらいという者もいた)。ここでも二人の相違が現れている。
             また、千田が三一新書を「改訂版」とした理由を「かつて従軍慰安婦の草刈り場にしていた朝鮮へ取材に行き、眼をおおうキーセン観光にソウルの街でたちすくんだ。キーセン観光に狂う日本人に、往事の軍刀を鳴らしまくる軍人の姿が重なって仕方がなかった。この思いを『続・従軍慰安婦』にいれたが、考えていくと、これはレポートなのでありレポートにおいて思いは蛇足である。/従ってその部分を削除した」と説明している点も注意しなければならない(『従軍慰安婦 正編』一〇~一一頁。強調原文)。それは、これにより、半島の問題が捨象されたためである。
             私は「慰安婦」も「キーセン観光」も、加害の側の日本人とともに、それに応じて女性を動員し、提供する半島人の追従、自発的服従という問題も注意しなければならないと考える。千田は「思い」と表現するが、問題意識を自主規制したとも捉えられる。
             このようなわけで、私は、両者の見解を他の資料と比較検討し、多角的に考え、史実に迫るように努める。

            4)品野は多くの関係者の証言を収集し、『異域の鬼―拉孟全滅への道―』にまとめた。
             私は『アイデンティティと戦争』で述べたように、品野の著書を評価する。防衛研修所戦史室編「戦史叢書」(朝雲新聞社)、松井連隊長『波乱回顧』、雲龍会編『拉孟・騰越玉砕の実相』、楳本捨三『壮烈拉孟守備隊』(光文社NF文庫)等々より詳しく、史実に迫っていると言える。そして私は彼ともに現地調査やフォールド・ワークも行った(途中で現地当局により中断されたが)。
             しかし、品野は日本共産党筑後援会の会長を務めるなどの思想的政治的な立場・視点があり、それが歴史を捉えるときの選択や判断を規定している(偏見とまでは言わず、また『異域の鬼』の記述を全面否定するつもりもない)。明確な視座は事物を捉える上で、むしろ必要であり、私もそうであるように努めており、それ故、私は品野の選択や判断を尊重するが、その上で、彼とは異なる考え方を提出し、より多角的に史実を検証するように努める。

            5)品野は「日本人慰安婦が死に化粧をして、青酸カリをあおり、朝鮮娘を逃がしたなどと書いた戦記は嘘っぱちだ。誰もがいうように青酸カリなどありはしなかった」と述べている(『異域の鬼―拉孟全滅への道―』三二四頁。三一五頁や三二四頁も参照)。また、「日本人慰安婦朝鮮人慰安婦を逃がし、自分らは死に化粧して自決した」ことは「軍国美談調の伝説」であり、「五人ほどだった日本人はほとんど助かっていることになる」から、その「伝説」は「崩れ去った」と指摘している(三四九頁)。
             ただし「ほとんど助かっている」ことは、助からなかった、換言すれば玉砕した日本人女性もいた可能性があることを意味している。即ち、自分は「死に化粧」して自決するが、その前に朝鮮人慰安婦」(サブ・リーダー)を逃がした日本人「慰安婦」(リーダー)がいた可能性を意味している。金春子のいう「おかあさん」という女性である。
             「慰安婦」といっても明確に区分されてはおらず、客はとらずに「慰安婦」たちを管理していた女性(「おかあさん」やそれに準ずる存在)もいた。そのような地位で、前記の「五人ほど」には含まれない日本人女性が、蛇の道は蛇で、中国側と密かに連絡をとり(売笑は本来的にグレーゾーン)、「死に化粧」して自決する際に、朝鮮人慰安婦」を逃がした可能性は否定できない。
             なお、品野は、そのような美談は、その基となる生存者の手記に既に美談が含まれており、その「心情はわかるような気がする。(略)あえてそれを否定したくないし、死んだ将兵の最後は潔く書いたやるのが戦友たちの『つとめ』なのである」と述べている(三二五頁)。私も、その「心情」を分かるように努め、そして伝える。

            6)「美談」に過ぎないという品野自身、先述したように「手榴弾で自決した者もおり、そば杖を食ったらしい慰安婦の死体もあった。兵と仲良しになっていた慰安婦もいたから、一緒に死んだのかも知れない」と述べている(三二四頁)。少数でも、このような例が証言されているのである。
             また千田は「昼間最前線で血みどろになって闘い、鮮血まみれとなって帰ってくる兵隊たちを夜になると慰める」とあるが、「彼女らの衣服もまた、兵隊たちのしたたらせる血糊で赤く染まっていたという」と記している(前掲『従軍慰安婦 正編』一三六~一三七頁)。この「慰める」は、「慰安婦」としての営為を超え、セクシュアル以上の、極限状況における身心的な崇高さを思わせる。
             決して欲望に溺れてはいない。そうであれば内側から崩壊し、陥落する。それ故、この当該部分を、私は厳粛に読む。
             「士は己を知る者のために死す。女は己を見て悦ぶ者のために化粧する」というが、これまで述べてきた「慰安婦」は「己を見て悦ぶ者のために化粧し、死す」であると認識する。たとえ少数であっても、その生き方、死に方に注目すべきである。
             そして仮に彼女たちが生きていたら、今の「慰安婦」の発言に、どう言うだろう。
             被害の証言を軽視していいというのではない。より多角的に歴史を考察することにより、より現実的な理解を得ることができる。微妙な細部を捨象してはならない。個々に異なる人間を理解するには、細部の微妙な差異が重要である。

            7)いよいよ最後=玉砕に向かうという、激戦の限界状況においても限界の極致という最終段階で、日本人・朝鮮人の民族を超え、各自の実存が下した決断が玉砕であったと、私は捉える。
             各々文字通り身を以て日朝/日韓の強い絆を示した。口先だけで、あるいは下心を抱いて日朝/日韓の友好を説く者は、心してこの史実を正視すべきである。
             ショーペンハウアーは「悲劇に接して覚えるわれわれの満足は、美の感情ではなく、崇高の感情である。いな、それは、かかる感情の最高度のものである」と提起した(ショーペンハウアー/塩屋竹男他訳『全集』第六巻、白水社、一九七三年、三七八頁)。彼は詩を論じるなかで、こう述べたが、雲南の日本軍守備隊で兵隊(半島出身者もいたかもしれない)と日本人・朝鮮人慰安婦」は、それを実践したと、私は考える。黙祷

            (8)歴史が評価を下す―日本兵と玉砕・散華を選んだ「慰安婦」の偉大さ
                       ―ソクラテス、イエスパスカル等から

            1)「朝鮮人慰安婦は、欺されて連れてこられた純情な素人娘が多かった」(『異域の鬼』八二頁)と述べられている。これは雲南に限らず、金春子もその一人である。
             そして、雲南において玉砕に向かう守備隊で「本当に頭の下がることがあった。それは、砲弾と雨のなかをくぐり、乾麺麭の空缶にいれた将兵の握り飯を、二人一組になって運ぶ朝鮮人慰安婦の姿だった。/炊事場は、ずっと山の下のクルミ谷へ降りる中間の横穴にあった。その辺りにも敵弾が撃ち込まれている。少しでも煙が出ると直ちに迫撃砲の集中砲火をうけるから、夜、火の明かりが漏れないように横穴の入口に軍用毛布を幾重にも張って、煙にむせながら炊事をしている。当時はまだ炊事軍曹がいて、兵たちが飯を炊き各隊から兵隊が取りに行っていた。一線がひどくなってからは慰安婦も運搬してくれたが、いよいよ混戦になってのちは食事もほとんど届かなくなり、小豆の塩煮缶詰などでわずかに食いつないだ。」(『異域の鬼』二六七頁)。
             純情で騙され、それが続いて愚かな結果になったと否定できるだろうか?
             タナトスに魅入られない限り、誰も死を望まない。しかし、それに向かっていることが分かっても、なお真面目に勤勉に務めを果たす者がいる。それは愚直と言えるが、狡猾に立ち回る者より、むしろ尊厳があり、偉大である。

            2)確かに、金春子の場合、以下のように、①故郷の両親に累が及ぶことを恐れ、また②勲章などの名誉に引かれている(ただし金儲けや出世のためではない)。

             ①『女の兵器』一九〇~一九一頁
             危険な前線に巡回に出る前にピストルを渡され、それで応戦し、最後の一発は「耳のところにあててひき金をひ」けと自決に使うように指示され、「まあ、怖い」と言うと、「怖くても仕方ない。そう思った時はあの世に行ける。おまえたちは、皆、やまとなでしこなのだから、もしもの時も敵の捕虜になるわけにはいかないのだよ」と言われた。
             彼女は「そうね。捕虜になったら、くにのお父さんやお母さんは、憲兵隊にひっぱられるんでしょう」と言うと、「そうだよ」と答えられた。
            ②同前、九六頁以降
             金春子が担当の長井軍曹に「私たちは兵隊さんと同じなのですか」と尋ねると、彼は「そうだ。まったく同じだ。あるいは兵隊よりも、もっと大事な存在かも知れんな」と答えた。
             そして、彼女が「それじゃ、手柄をたてたら勲章もらえますか」と聞くと、次のような会話となった。
             「勲章ねえ」
             さすがに長井軍曹は困ってしまったらしく考えこんだ。
             「私、勲章をもって、故郷に帰りたいわ。そうすれば皆感心してくれるわ」
             「そりゃあ、立派に戦って戦死か負傷でもすれば勲章ももらえないことはないと思うがね、女の身ではなかなか難しいかもしれないなあ。しかし、金の方はうんと儲かるぞ。一生懸命働けば、一年で千円や二千円は貯金ができる。それを故郷の両親へ送金することもできるのだから、安心して働くがいいさ」
             私はびっくりした。愛国奉仕隊へ入るというのだから、無給か、兵隊さんと同じくらいに安い給料で働かされるのだとばかり思っていたからである。
             「そうさ、儲かるさ。みんな、金持になって、中には、支那の北京や、天津へ行って、その金で料理屋をやり、出世している者もあるよ。ちゃんと故郷から両親を呼び出してな、立派にやってるよ」
             私はそれほど出世したいとは思わなかった。
             それに故郷を離れて暮らすのは、何と言っても淋しいことだった。

             これを、平和な時代に生きる者が、彼女は飴と鞭で統制されたと片付けていいだろうか? 巨大な複合的暴力が暴走する中で、彼女には選択の余地はなかった。しかし、その運命を、彼女は前向きに受けとめ、真面目で勤勉であった。

            3)このような「慰安婦」は誠に健気であり、まさに「本当に頭の下がること」である。そして、私はパスカルの「考える葦」を想起する。
             「人間は自然のうちで最も弱い一茎の葦にすぎない。しかしそれは考える葦(le roseau pensant, the thinking reed)である。これを押し潰すのに、宇宙全体は何も武装する必要はない。風のひと吹き、水のひと滴でも、これを殺すに十分である。しかし、宇宙がこれを押し潰すときにも、人間は、人間を殺すものよりも一そう高貴だろう。何故なら、人間は、自分が死ぬことを知っており、宇宙が人間の上に優越することを知っているからである。しかし、宇宙はそれについては何も知らない。」(『パンセ』断章347)
             「人間の偉大は、自分が悲惨であると知る点において偉大である。樹木は、自己の悲惨であることを知らない。それ故、自分の悲惨を知ることは悲惨だが、しかし、偉大であることは、まさに悲惨であると知ることなのである。」(『パンセ』断章397)
             彼女たちも自分が弱く悲惨であると知っていたはずである。その上で、生きる限りは前向きに真面目に勤勉に生き、そして死に向かって進んだ。

            4)歴史を振り返れば、自覚して死に向かった生き方の偉大さは、枚挙に暇がない。
            ソクラテスは「真の哲学者が死ぬことを心がけているものであり、彼らが何びとよりも死を恐れないものであるということは本当なのだ」と述べ(田中美知太郎、池田美恵訳『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン』新潮文庫、一九六八年、一二六頁)、実際、衆愚政治の大衆裁判で自決の判決が下されると、厳粛に受け入れた。
            ②イエスは「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る」(「ヨハネ福音書」一二章二四~二五章)と説き、実際に十字架の処刑へと進んだ。
            仏陀の前世の話を集めた『ジャータカ』では、王子の時代、飢えた雌トラに出会い、雌トラには七頭の子トラがいるが、このままでは生き延びるために我が子を食らい、さらに他にも犠牲者が出るかもしれないと見通し、崖から身を投げ、自らを雌トラに与え、七頭の子トラの命を救う(輪廻転生で我が身を犠牲にした王子は仏陀に、七頭の子トラはやがてその弟子に生まれ変わる)と伝えられている。
            ④「我に自由を与えよ。さもなければ死を与えよ(Give me liberty, or give me death)」という、アメリカ独立戦争を指導したパトリック・ヘンリーの発言は、圧倒的で冷酷なナチス・ドイツ軍に抵抗するレジスタンスやパルチザンの合言葉になった。これをジャン=ポール・サルトルは「私は自由であるべく運命づけられている」、「われわれは自由へと呪われている/われわれは自由の刑を宣告されている」と表現した(松浪信三郎訳『存在と無現象学存在論の試み―』第三巻(サルトル全集第二〇巻)人文書院、一九六〇年、二九頁、一二六~一二七頁。伊吹武彦訳『実存主義とは何か―実存主義ヒューマニズムである―』(サルトル全集第一三巻)人文書院、一九五五年、二九頁)。

            5)このような死生観の精神史を踏まえると、玉砕・散華を選んだ「慰安婦」に偉大さを見ることができ、それは出撃・散華した特攻隊員に比肩すると考えている(いずれにも朝鮮人が含まれており、民族を超えている)。それを日本帝国主義軍国主義に還元して、誤りや無意味と見なすとしたら、レジスタンスやパルチザンに多くいた社会主義者共産主義者を、東欧・ソ連の崩壊に帰結したイデオロギーや政治体制に還元して、誤りや無意味と片付けることと同然である。一人一人の生と死は何ものにも還元できない。

            6)そして、雲南で玉砕・散華した朝鮮人慰安婦」について言えば、今や無言の彼女たちと、いつまでも「恨」に囚われ、叫び続ける元「慰安婦」との対比では、その評価を歴史が下すことになる。
             儒教科挙の歴史で形成された文化は、修辞が発展しすぎ、舌先三寸のずる賢さを賢さと見なし、正直者がバカを見る偽善を助長した(アジア的停滞)。愚直で騙されたが、その運命を受けとめて実直に頑張った純情で一途な生き方を省みず、恨みつらみを言い続ける者を殊更に取り上げ、政治や外交に利用・悪用することは、「恨」というコンプレクスを歴史や伝統にして、民族を傷つけ不幸にするだけである。

            における企業業務型裁量労働制の導入をめぐって/衆議委員予算委員会 公述人上西教授

            「働き方改革」における企画業務型裁量労働制の導入をめぐって

            2018年2月21日

            衆議院予算委員会 中央公聴会 公述人意見陳述

            法政大学キャリアデザイン学部教授 上西充子

            1. はじめに

             法政大学キャリアデザイン学部の上西充子と申します。今日はこのような機会をいただき、ありがとうございます。私は、現在の国会質疑の中でも大きな論点となっている、裁量労働制の労働時間の実態把握をめぐる問題を取り上げます。

             予算委員会の公述人意見陳述のテーマとしては、テーマ設定が狭すぎるとお感じの方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、この問題は、単にデータの不備という問題ではなく、政府の審議会における政策立案プロセスの問題や、政府の国会対応の問題を凝縮して示してみせた事例と考えています。つまり、氷山の一角のように問題が顕在化した例であると考えられるのです。そのため、単にデータをめぐる問題としてではなく、そういった広がりをもった問題として、国会議員の皆さんや、この国会審議を見守っている国民の皆さんにも捉えていただきたいと思います。

             一般の労働者に比べて企画業務型裁量労働制の労働者の方が、平均的に見れば、労働時間が短いかのような安倍首相の1月29日の答弁は、2月14日に撤回されました。19日には厚生労働省から報告があがり、明らかに比較すべきではないデータが比較されていたことが判明しました。しかしながら昨日20日の国会審議の中で、安倍首相と加藤大臣は、撤回した答弁で言及したデータについては、撤回するのかどうか、わかりにくい答弁をしています。そして、調査結果は労働政策審議会に示されたものの、比較データは労働政策審議会に示されていたものではないとして、予定通りの一括法案を国会に提出する姿勢を示しています。

             私はそのような政府の一連の対応に、強い疑問を抱くものです。政府の政策立案と政策の実行が適正なものであってほしい、国会も正常に機能するものであってほしいという気持ちで、この参考人意見陳述の場に立っています。

            2. 裁量労働制とは

             裁量労働制とはどのような働き方であるか、この点は、既に午前中の公述人意見陳述と質疑の中でも明らかにされていますが、あらかじめ決められた「みなし労働時間」について賃金を支払うものです。そのみなし労働時間を超えて働いたとしても、残業代を支払う必要はありません。そのような働き方を大幅に拡大しようというのが、今回の「働き方改革」一括法案で行おうとしていることです。

             この裁量労働制を拡大することは、違法状態の合法化につながります。サービス残業は違法ですが、みなし労働時間を超える残業に残業代を支払わないことは合法です。つまり、今は「サービス残業」を労働者に強いている企業が、同じことを合法的にできるようになるのです。経営者にとっては「おいしい話」ですが、労働者にとっては長時間労働の歯止めがなくなります。「定額・働かせ放題」と言われるゆえんです。

             にもかかわらず、政府は、「長時間労働が助長される」、あるいは「過労死が増える」という野党の指摘に、誠実に向き合おうとしていません。健康確保措置は、医師の面接指導でもよいとされています。「みなし労働時間」と実労働時間が大きく乖離する場合には、労働基準監督署が厳しく是正指導を行うかのような答弁もされていますが、その乖離だけをもって是正指導を行う根拠規定は法改正の内容には盛り込まれていません。労働基準監督官の増員も計画されておらず、厳しい指導に期待することはできないのが現実です。

             政府は答弁で、メリハリをつけて働くことができるとか、病院にも行けるようになるとか、育児との両立がしやすいとかのイメージを広げていますが、印象操作の域を出ないものです。現行の労働時間法制のもとでも、柔軟に働くことは可能です。有給休暇も、より活用されるべきものです。

             このように労働者にとってはメリットが見えにくく、一方で経営者にとっては「おいしい」制度である裁量労働制は、1987年に初めて導入され、1998年の法改正によって、企業の中枢部門のホワイトカラー労働者に拡大されました。今、この後者の企画業務型裁量労働制を、さらに提案型の法人営業職などに対象を広げることが予定されています。高度プロフェッショナル制度とは異なり、年収要件もなく、有期契約労働者にも適用が可能な制度であるため、かなりの範囲の労働者に適用される可能性があるにもかかわらず、これまで「働き方改革」の中で、裁量労働制を拡大することは、政府は積極的に語ってきませんでした。あえて、そこに注目が集まらないように、時間外労働の上限規制と同一労働同一賃金という、働き方改革の二枚看板を表に掲げ続けてきた、とも言えます。

            3. 裁量労働制の労働時間をめぐって

            (1) JILPTの調査結果

             この企画業務型裁量労働制を拡大しようというのであれば、まずは実態として長時間労働になっていないのか、なっているとすれば、それはなぜであり、どう対処すべきなのかが、法改正に先立って検討されなければなりません。その意味で、裁量労働制のもとで働く労働者の労働時間の実態を把握することは、きわめて大切です。にもかかわらず、その労働時間をめぐって、政府が答弁で使い続けたデータの比較が、極めて不適切なものであったことが判明した、というのが現在の状況です。

             裁量労働制のもとで働く労働者の労働時間を把握した調査結果は、他に、より適切なものが存在しています。野党がしばしば言及している、労働政策研究・研修機構、JILPTと略称で呼ばれますが、その調査研究機関が2014年に実施した調査であり、労働者と事業場、それぞれに調査を行っています。調査結果は、調査票や基本クロス表と共に、このように冊子で公開されています。調査シリーズの124と125です。冊子の内容は、ホームページで全文をPDFで読むことができます。

            労働政策研究・研修機構(2014)「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果事業場調査結果」調査シリーズ No.124

            労働政策研究・研修機構(2014)「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果労働者調査結果」調査シリーズ No.125

             このJILPTは厚生労働省の管轄の調査研究機関であり、これらの調査はまさに厚生労働省の要請に基づいて行われたものです。

             労働者調査の結果によれば、お手元の配布資料の2ページ目のグラフにあるように、企画業務型裁量労働制のもとで働いている労働者の1か月の実労働時間は、通常の労働時間制のもとで働いている労働者の実労働時間よりも、長い傾向が見て取れます。平均で見ても同様に、企画業務型裁量労働制の場合は194.4時間であるのに対し、通常の労働時間制の場合は186.7時間と、企画業務型裁量労働制の方が、労働時間が長くなっています。政府答弁の内容とは反対の傾向を示しているのです。

            JILPT 調査シリーズNo.125、p.22
            JILPT 調査シリーズNo.125、p.22

            平均労働時間(1か月)

            ●専門業務型裁量労働制 203.8時間

            ●企画業務型裁量労働制 194.4時間

            ●通常の労働時間制 186.7時間

            (2) 比較データ

             では、他方で政府がこれまで答弁に用いていた比較データの方は、どのようなデータだったでしょうか。安倍首相が1月29日の本予算委員会で言及し、2月14日に答弁撤回に至ったデータは、3ページの表の「平均」の欄にある9時間16分と9時間37分を比較して、企画業務型裁量労働制の方が、平均的な方で比べれば、労働時間は短い、とするものでした。

            比較データ
            比較データ

            (出所)民進党ホームページ:「働き方改革虚偽データ疑惑」野党合同ヒアリング(2018年2月15日)

             この比較データに基づいて、1月29日に安倍首相はこの予算委員会でこう答弁しています。

            厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、御紹介させていただきたいと思います。

            出典:衆議院予算委員会 2018年1月29日

             この比較データは2015年に山井和則議員に対して、また2017年に長妻昭議員に対して、当時の塩崎厚生労働大臣が示したものです。また、その答弁に先立って、先の比較データは、2015年3月26日に厚生労働省民主党の厚生労働部門会議にはじめて提供したものであったことが、最近になって厚生労働省から明らかにされています。

             つまりこの比較データは、2015年の国会審議に向けて、野党に議論の前提となるものとして、共通認識をもってもらうために、厚生労働省から示されたデータであったと考えることができます。私は、裁量労働制長時間労働を助長するという指摘を民主党がしにくくなるように、また政府の反論をデータに基づくものだと誤認させるように、民主党対策として、また広く野党対策として、この比較データが作られたものと考えています。

             このあたりはぜひ、検証作業を進めていただきたいですが、2015年の塩崎大臣の答弁の中で、「実は」「むしろ」という形でこのデータに言及があること、また2017年の塩崎大臣の答弁の中で、他の調査結果を「いろいろな調査」と位置づけた上で、それに対して「厚生労働省自身の調査によりますと」と、より信頼度が高いもののようにこの比較データが言及されていることから、やはり野党の指摘に対する反証データとして、この比較データが使われていたことは明らかと考えます。

             1月29日の安倍首相の答弁と、1月31日の加藤大臣の答弁も、まさに長時間労働や過労死の観点から裁量労働制の拡大に反対する長妻昭議員や森本真治議員に対して、それぞれ反証として示された比較データでした。「それぞれのファクトによって、見方は異なってくる」という加藤大臣の答弁は、まさにそのような狙いを示しているものととらえることができます。

            (3) 比較データの問題点

             この比較データについては、2月5日以降、野党から次々に問題点の指摘があがり、2月14日の安倍首相による答弁撤回に至ります。2月19日には厚生労働省より、根本的に比較に適さないデータであったことが、ようやく明らかにされました。

             ここで簡略に、この比較データは何が問題なのか、紹介させてください。

             まず、この比較データは、「厚生労働省の調査によれば」と答弁で言及されましたが、調査結果そのものではありません。一般労働者についての9時間37分というデータは、公表冊子である「平成25年度労働時間等総合実態調査」には含まれていません。

             第2に、答弁では、あたかも平均を比べたものであるかのように紹介されていましたが、これは「平均的な者(しゃ)」についてのデータでした。加藤大臣は2月8日になってから、「平均的な者(しゃ)」と、言及の仕方を変えています。

             本来であれば、特別な定義がある「平均的な者(しゃ)」については、2015年の答弁の当初から、そのようなものとして紹介されるべきでした。2015年3月26日に厚生労働省民主党に比較データを提供したときも同様です。にもかかわらず、いずれの場合も、定義は紹介されていませんでした。

             第3に、一般労働者の「平均的な者(しゃ)」の労働時間の9時間37分とは、実労働時間ではありませんでした。加藤大臣は1月31日にこれを「1日の実労働時間ですが」と答弁していますが、2月9日に山井議員に対して加藤大臣が答弁したように、これは調査結果そのものではなく、1日の法定時間外労働の平均に法定労働時間の8時間を足し合わせるという計算式によって求めた値でした。しかし計算式によるものであることは、民主党に提供された比較データに記載はなく、答弁でも言及がありませんでした。

             また、この計算式は労働時間をとらえる上では、不適切なものでした。法定時間外労働の平均に8時間を足すという計算式では、例えば7時間30分の実労働時間である者も8時間働いたものと過大にみなされてしまいます。そのような過大評価は、個票データを見直しても修正することはできません。法内残業の値を調べていないからです。従ってこの計算式によって算出した9時間37分という数値は、1万件のデータを精査するまでもなく、不適切なものとして撤回されるべきでした。

             さらに19日になって厚生労働省から明らかにされたところによれば、法定時間外労働の1時間37分という平均値は、1日の法定時間外労働の平均値と説明されていましたが、実は「最長」の日の1日の法定時間外労働の時間を尋ねて、その平均値をとったものでした。

             2月9日に山井議員に対して加藤大臣が計算式を説明した際には、すでに7日に厚生労働省担当者から「最長」であることの説明を受けていたはずですが、加藤大臣は「最長」の1日のデータを使っていることを説明していません。これは、いたずらに質疑を長引かせるものであり、また虚偽答弁であったと考えます。

             さらに、この1日のデータは、公表冊子に収録されていないものでした。不自然な数値がそこに含まれていることも指摘されています。

             第4として示したものは、先ほど言及した通りです。一般労働者の「平均的な者(しゃ)」の9時間37分という労働時間を算出するために使われた計算式では、「最長」の1日のデータが使われました。企画業務型裁量労働制の方は、「最長」の1日について尋ねているわけではありません。

             このことは配布資料に掲載した調査票(下記)を見れば一目瞭然ですが、野党の追及に対し厚生労働省は、この調査が臨検監督の一環であるという理由で、調査票の開示を拒んでいました。

            画像

            (出所)民進党ホームページ:「働き方改革虚偽データ疑惑」野党6党合同ヒアリング第3回を開催(2018年2月16日)

             このように、様々な意味で、一般労働者の9時間37分という数値は実態よりも過大なものでした。それと比べて企画業務型裁量労働制が9時間16分で20分ほど短いからといって、「実は」「短い」という判断を下せるものではないことは、これまでの説明で明らかでしょう。

             さらに第5に示したように、企画業務型裁量労働制については、把握したものは労働時間ではなく、「労働時間の状況」と調査結果に示されているものであり、出退勤時刻などによって把握されていた時間です。このように違うものを測っているのですから、そもそも比較すること自体が不適切なものです。これも、1万件の個票データを精査するまでもなく、あきらかなことでした。

            4. 労働政策審議会の議論との関係

             さて、このように比較データの不適切さが明らかになる中で、政府はこの比較データは労政審に示したわけではないと答弁し、法案審議に影響を及ぼさなかったと強調しています。しかしながら、この比較データが労政審に示されなかったからといって、労政審で適切な審議が行われたと判断することはできません。

             私がそう考える理由を2点、述べさせてください。

             第1に、この平成25年度調査の結果は、2013年の9月27日の第103回労政審労働条件分科会で、裁量労働制の見直しのための実態把握をおこなうものとして分科会委員に示されており、今後の労働時間法制の検討の際に必要となる実態把握をおこなったものと位置づけられています(議事録および資料2-2)。議論の出発点にしていただければとも紹介されています。実態把握調査を踏まえて裁量労働制の見直しをはかることは、同年6月14日の日本再興戦略閣議決定に定められていることです。

            第103回労政審労働条件分科会(2013年9月27日)資料2(部分)
            第103回労政審労働条件分科会(2013年9月27日)資料2(部分)
            第103回労政審労働条件分科会(2013年9月27日)資料2(部分)
            第103回労政審労働条件分科会(2013年9月27日)資料2(部分)
            第103回労政審労働条件分科会(2013年9月27日)資料2(部分)
            第103回労政審労働条件分科会(2013年9月27日)資料2(部分)

             にもかかわらず、労働条件分科会では、比較データは示されなかったものの、一般労働者の「平均的な者(しゃ)」の1週の法定時間外労働のデータが、「最長」の週のデータであることの説明がないまま、普通の週のデータであると受け取られる形で第104回の労政審労働条件分科会(2013年10月30日)に紹介されています(議事録)。それはつまり、実際には過大な数値であったものが、通常の数値であるかのように紹介されたということです。

             その分、裁量労働制の労働時間との比較において、一般労働者の労働時間の実態について、不適切な情報を労政審の委員に与えたことになります。

             第2に、これは質疑の中で明らかになっていることですが、この労働条件分科会には、より詳細で、より調査設計がきちんと行われているJILPTの調査結果(労働者調査結果)のうち、労働者の労働時間の実態に関する部分が紹介されていません。

             加藤大臣は、逢坂議員との昨日の質疑の中で、当初に厚生労働省から平成25年度調査のデータを議論に資するものとして出しており、その後、委員のご議論の中で追加的な資料が必要であれば、できるだけお答えする形で運用されていたという理解を示しています。

             しかしながら、この平成25年度調査が紹介された第104回の労政審労働条件分科会(2013年10月30日)には既に、使用者代表委員より、企業が裁量労働制を取り入れる前と取り入れた後で働き方や労働時間の実態がどのように変化していったのかという切り口の調査が必要との指摘が行われており、事務局の村山労働条件政策課長は「承りました」と発言していることが、議事録に残っています。

             JILPTの調査はそのような「変化」をとらえる調査ではありませんが、平成25年度調査よりは、詳細に裁量労働制による働き方の労働実態を、通常の労働時間制のもとで働く労働者の労働実態と比較した調査であり、その結果は先の使用者代表委員の求めに答える上でも、当然に提示されるべきものでした。建議までのプロセスで、既に冊子はできあがっており、配布できる状態にありました。冊子ができあがっていることへの言及も、第116回の議事録(2014年9月30日)に残っています。しかし「改めて精査したうえで、・・・ご報告したい」と村山課長がそこで説明していたものの、結局冊子は配布されず、本来委員に提供されるべき、労働時間の実態に関する調査結果は、存在してにもかかわらず、委員に提供されませんでした。

             私はこのような経過に、不自然なものを感じざるを得ません。裁量労働制のもとで働く労働者の労働時間は通常の労働時間制のもとで働く労働者よりも長いという実態を労政審に示してしまえば、裁量労働制を拡大するという建議を出せなくなる、だからあえて実態調査結果を労政審に出すことを控えた、そう思えてなりません。

             ですので、不適切な比較データが労政審に示されなかったからといって、法案提出に問題はない、とは言えません。裁量労働制の拡大の是非については、労政審の議論まで差し戻し、まずはJILPTの調査結果をそこできちんと検討し、必要があれば追加の調査を行い、そして実際に長時間労働になっているのであれば、どう実行的な歯止めをかけられるのか、そこから議論をやりなおすべきです。

             今、政府は一括法案を提出する方針を変えていないようですが、そのような姿勢は、法制定プロセスとしての正統性を失ったまま法制定を強行しようとするものです。また、国会審議に誠実に向かった姿勢とも言えません。

             もし、何も聞かずにとにかく数の力で法案成立を強行しようとしているなら、実態調査に基づく政策立案も、公労使三者構成による政策形成プロセスも、真剣な国会審議も、すべての土台を損なうことになります。

             政策立案プロセスを正常化するためにも、また国会審議を正常化するためにも、今、政府には立ち止まって、裁量労働制の拡大と、さらに、同種の趣旨の高度プロフェッショナル制度の創設は、一括法案からはずすという決断をまず行い、そのうえで、改めてそれらについては検討プロセスをやりなおすことを求めます。また、今回の事態に至った原因究明と再発防止を求めます。 

            上西充子 法政大学キャリアデザイン学部教授

            1965年生まれ。日本労働研究機構 (現:労働政策研究・研修機構)研究員を経て、2003年から法政大学キャリアデザイン学部教員。共著に『大学のキャリア支援』『就職活動から一人前の組織人まで』など。日経カレッジカフェに「ブラック企業との向き合い方」20回連載(2016年)。2017年3月に石田眞・浅倉むつ子との共著『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)を刊行。

            転載//スパコン詐欺事件「異例の捜査」で検察は誰を追い詰めたのか(河野正一郎)

            gendai.ismedia.jp

             

            スパコン詐欺事件「異例の捜査」で検察は誰を追い詰めたいのか

            政界関係者の関与は?

             

            「彼とは深く付き合わない方がいいと…」

            東京地検特捜部が12月5日、スパコン開発会社「PEZY computing」(以下P社)の社長、斉藤元章容疑者らを逮捕した。経済産業省が所管する国立研究開発法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO)から約4億円の助成金を詐取した容疑が持たれている。

            メディアにも多数出演・登場し、「スパコン開発の第一人者」といわれた斉藤容疑者が、「安倍首相に最も近いジャーナリスト」と呼ばれる元TBSワシントン支局長だった山口敬之氏と昵懇であったと報じられていることもあって、ネットでは「P社に多額の助成金が渡ったのは、森友学園加計学園と同じく、”忖度”によって便宜が図られた、という構図なのではないか」などと憶測を呼んでいる。

            助成金が認められる経緯に「忖度」があったのか、なかったのか−−。スパコンの「スパ」にひっかけて、「もりかけスパ」などと書き込む人もいるように、この事件は、逮捕容疑(=事件の本筋)とは別の「事件の背景」に注目が集まっている。

             

            NHKの早朝の特ダネで事件が明るみに出た12月5日午前、私は、斉藤容疑者が米国で起業した頃に出会ったという知人X氏に「話を聞きたい」とメールを送った。すると、即座に折り返しの電話がかかってきた。X氏は早口でまくし立てた後、私にこう言った。

            「“彼”とは深く付き合わないほうがいい、と何度も言っておいたのに…」

            “彼”とは、山口敬之氏のことだった。

            斉藤容疑者と山口敬之氏との関係を最初に報じたのは週刊新潮(2017年6月15日号)だった。山口氏がP社の顧問のような役割を務め、東京・永田町のホテル内の部屋(賃料月額が約130万円)を斉藤容疑者の資金提供を受けて使っていることを報じた。
            https://www.dailyshincho.jp/article/2017/06071659/?all=1

            X氏によると、斉藤容疑者はスパコンを研究機関などに売り込むとき、山口氏を同行させ、研究機関などの担当者に、「安倍総理の信頼が厚い方で、当社の顧問です」と紹介していたという。X氏も何度か山口氏と会ったことがあるが、話題は政治のことばかりで、「スパコンについては知識がない人なのだろう」という印象を受けたという。

            斉藤容疑者は最近、X氏に「金が足りない。本当はコンピューターの製作をしたいが、このところは金集めが仕事の大半になってしまっている」と話していた。NEDOからの助成金で得られるのは開発資金の3分の2にすぎない。少なくとも3分の1は自前で調達しなければならなかったからだ。

            X氏は、「斉藤(容疑者)は開発資金を提供してくれる企業経営者らを探せばよかったのに、大手企業からの出資を受けることには消極的だった」と話したうえで、こう付け加えた。

            「その結果、国からの補助金を口利きしてくれる期待がもてる人と仲良くなったのだろう」

            この発言はあくまでX氏の見立てだ。実際に山口氏がP社顧問としてどんな役割を果たしていたかはわからない。詐取した助成金の使いみちを調べていけば、わかることもあるかもしれない。

            だが、別の人物もX氏と同じような感想を抱いていた。P社が開発したスパコンを導入予定だった研究者Y氏だ。

             

              

             
            研究者たちの悲鳴

            Y氏は斉藤容疑者とこれまで3回ほど会ったことがある。斉藤容疑者は山口氏を紹介したあと、「弊社はベンチャーですが、官邸との関係もあるので、信頼していただいて大丈夫です」と言い、隣りにいた山口氏は自著の『総理』をY氏に手渡したという。

            Y氏は山口氏のことを知らなかったが、自宅に戻って渡された本を読み、P社を信頼したという。

            Y氏に事件の影響を聞くと、途端に早口になった。

            「たいへんなことになった。研究に大きな支障が出る。スパコンは納入されるのか。知っている情報があれば教えてくれませんか」

             

            Y氏の素性を明らかにできないため、あいまいな表現になることをご了承いただきたいが、話を要約するとP社のスパコンには以下のような特徴がある。

            ▽計算性能が高い。
            ▽装置が小型(小さい体積)なので、装置を置く敷地が必要ない。
            ▽従来のスパコンに比べ、維持費や電気代がケタ違いに安い。
            ▽AI研究に勝った国が「次の産業革命の主役」と言われているなか、世界各国がいまAI研究に血道を上げている。P社のスパコンは日本が唯一リードする技術で、今後の研究に欠かせないものだった。

            Y氏はこうも言った。

            「2020年までにP社のスパコンを導入することを検討しており、どう活用するか研究者同士で話し合っていた矢先に事件が発覚した。P社が不正をしていたのなら、それは罰せられないといけない。だが、せめてスパコンが納入された後にしてほしかった……」

            法治国家において刑法犯と疑われる人物を野放しにすることが許されるはずはないし、スパコンの納入が済めば、詐欺容疑が持たれているP社に利益が生じることになる。その点で、Y氏の悲鳴はお門違いの指摘にも見える。

            一方で、次の世界的な産業革命の主役の座を射止めるか否かは、日本の“国益”をかけたテクノロジー開発競争といえる。今回、特捜部が事件に着手したことで、日本のAI研究スピードは世界各国に遅れをとることになるかもしれない。

            刑法犯罪と“国益”を天秤にかけたとき、私はあえて批判されるのを覚悟したうえで、「Y氏の訴えは理解できないわけでもない」と思ってしまった。

             

            検察の本当の狙い

            捜査する側の東京地検特捜部も、そのような影響は検討したうえで事件に着手したと思う。それでも特捜部が強制捜査に及んだ背景に、「この事件を端緒に政治家を巻き込んだ汚職事件に発展するのではないか」という見方がある。

            証拠資料のフロッピーを改ざんした事件が明るみに出た2010年以降、東京地検特捜部は政治家を逮捕する事件に着手していない。「最強の捜査機関」の復権をかけて、強制捜査に及んだのではないかというものだ。

            だが、関係者の話を総合すると、その見方は早計のようだ。ある検察関係者は私にこう話した。

             

            「検察が越年捜査するのは異例のことで、可能性は限りなくゼロに近いでしょう。特捜部は斉藤容疑者を年末に起訴して捜査を終了すると考えるのが自然です」

            そもそも、国会議員には不逮捕特権があるため、国会が開かれている間に逮捕するには、国会での議決が必要になる。いま開会中の特別国会は12月9日に閉会する予定で、年明けの通常国会の召集日は2018年1月19日とも目されている。特捜部が国会議員逮捕を視野に入れているとすれば、かなりタイトな日程だ。

            ある検察関係者は私に、今後の捜査の行方についてこう漏らした。

            「捜査が進んで、仮に山口氏に違法な金が流れていたことがわかったとしても、大臣でもない山口氏には職務権限はないので収賄罪にはならず、問える罪は所得税法違反ぐらい。政治家ならさらに逮捕のハードルが上がる。そうなると、今回の捜査の結果は、世界でも高性能なスパコン開発が頓挫する可能性が高まるだけということになる。今回の事件着手には道理がないんです」

            事件が着手された12月5日は、奇しくも山口氏から強姦されたとして、ジャーナリストの伊藤詩織さんが慰謝料を求めた民事訴訟の第1回口頭弁論が開かれた日だった。

            これについてある政界関係者は「特捜部の案件だから、官邸の了承を受けたうえで捜査に踏み切っているはず。山口氏が立件されるとは思えないが、事件との関連でいろいろと報道される。最近の山口氏の言動などを快く思わない官邸が、山口氏と関係を断つために事件を利用した、とみることもできるのではないでしょうか」と言い、こう付け加えた。

            「仮に、今回の事件に政府が関与した疑いが出てきたとしても、特別国会が閉会すれば政府は追及される機会もないし、クリスマスと正月を過ぎれば、多くの人が事件のことを忘れ去っているでしょう。事件に着手するには最高のタイミングだったのかもしれません」

            山口氏に今回の事件について、SNSと携帯電話のメールを通じ、斉藤氏との関係など尋ねたい項目を送った。返信がないため、直接電話すると、山口氏は「いま電話に出られないので、すみません」と言って電話を切った。混乱している様子はうかがえるが、元気そうな声だった。それ以後も携帯電話で接触を試みたが、今回の事件について詳細な取材をすることはできなかった。(回答があり次第、追記したい)

            斉藤氏が事業について説明する場に同席していたとして、それで「山口氏の深い関与があった」とみるのも短絡的だろう。この事件にはどんな「背景」があるのか。今後、P社のスパコン開発は誰が担うのか、いや、そもそも開発自体が中止されるのか。誰かの「思惑」や「忖度」で国益が失われる結果になれば、被害者は私たちになる。

            MP3

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            CDのサウンドデータをMP3形式でパソコンに取りこみたい【知っ得!虎の巻】

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            CDの音楽をパソコンに取り込むとき、みなさんはどのような方法で取り込んでいるだろうか。Windows XPでは、とくに専用のソフトウェアを購入しなくても、Windows Media Playerを利用することで音楽の取り込みが可能だ。

            CDの音楽をパソコンに取りこむ目的としては、パソコンに音楽のデータを溜め込んで、ジュークボックスのように活用するほか、携帯音楽プレーヤーに転送するために一端パソコンに音楽データを保存したり、好きな曲を集めて編集しCDに焼いてカーオーディオなどで楽しんだり、といった使い方だろう。

            これらの機器を使う場合、問題になってくるのが再生で対応するデータ形式だ。Windows Media Playerでは、初期設定のままCDの取り込みを行った場合、より容量の少ないデータにするためWMA形式のデータで圧縮し保存される。複数のデータ形式の再生に対応するオーディオ機器では、WMA形式にも対応することも多いのだが、中にはMP3形式の音楽データのみに対応というオーディオ機器も少なくない。

            このような場合に対応するために、CDの音楽をMP3形式で取り込む方法を紹介しよう。

            ■知っ得 No.0061 Windows Media Playerの取り込み形式を設定しよう
            Windows Media PlayerでCDの取り込みを行う場合、初期設定ではWMA形式によるデータ保存になるが、オプションの設定を行うことで別のデータ形式で保存することが可能だ。

            ここでは、MP3形式で取り込みがおこなえるようにする設定の手順をみてみよう。なお、Windows Media Player10以降は標準でMP3のエンコーダが備わっているが、 Windows Media Player9以前のバージョンを利用している場合は別途プラグインでMP3 エンコーダをインストールする必要がある。

            Windows Media Playerを起動し、タスクバーの何もない場所で右クリックし、[ツール-オプション]を選択する(画面1)。[オプション]ダイアログボックスが開いたら、[音楽の取り込み]タブをクリックする(画面2)。
            画面1[ツール-オプション]を選択する 画面2[音楽の取り込み]タブをクリック

            取り込み設定の項目の形式で[▼]をクリックし、「mp3」を選択する(画面3)。
            画面3[▼]をクリックし、「mp3」を選択

            音質を調整したい場合は、音質の項目のスライダをドラッグして調整する(画面4)。[OK]をクリックする。これで次回の取り込みからMP3形式のデータ保存が可能になる(画面5)。
            画面4 スライダをドラッグして調整する 画面5 MP3形式のデータ保存が可能になる

            MP3の音質は、128kbps~320 kbpsの設定が可能だが、ポップスなどの一般的な音楽なら128kbpsで十分な音質といってもよい。クラシックなどの音質を重視する音楽の場合でも192 kbps程度で十分といえる。これ以上の設定の音質は一般的に聞いても音質の違いを判断しにくいだろう。なお、音質の設定値が高いほどデータの容量も大きくなる。

            また、取り込み後にサウンドデータが保存される場所は、初期設定では[マイミュージック]フォルダに指定されている。保存場所を指定したい場合は、[音楽の取り込み]タブの[取り込んだ音楽を保存する場所]で[変更]をクリックすることで任意の場所を指定することができる。自分の利用環境に応じてカスタマイズしてみよう。


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            編集部:篠崎 哲(ジャムハウス)
            制作編集:エヌプラス
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